2016年12月06日

少年チームでBチーム、試合に出れないからと言って腐るのは早い!!



先日、高学年の試合を拝見する前に、中学年代の試合が行われていたの拝見した。

僕はU12のカテゴリーをチームとして活動していないから、時折、低学年から高学年全てのカテゴリーの試合、練習を拝見させて頂く機会を取るようにしている。

日頃、スクールをやっていて、勿論、子供達に指導する内容はいくつもあるけれど、子供がクラブに所属しているのであれば、そのクラブでの週末の活動以外にもスクールに通うということは、所属クラブでスタメンで試合に出たい、もっと巧くなりたいと思っているからわざわざスクールに通うと思っている。

と、いうことはこちらとしてもその想いに応えなくてはならないと常に心に秘めて指導にあたる必要がある。

色々な試合を拝見していて、スクールの子達にどんな練習を試みれば、所属クラブで力を発揮できるようになるのか?

また、露出の即効性があるのか?を試合でヒントを貰い、それをメニューに変える。

中学年の試合は勿論、ハイレベルになれば、パスを繋ぐということもするのだろうけれど
、大概はパスを綺麗に繋げるサッカーをするのは4年、更に形になるのは高学年になってからだと観ていて感じる。

だから3年生は特に、フルコートの試合を拝見していても、殆ど一か所にしかいない。

高学年になるとグランドの使い方、視野が広くなったり、キックが遠くに飛ばせるようになるからグランド一杯に広がり利用しているシーンが普通になる。

低学年や中学年は、まずしっかり蹴れることができると、得をしている。チームメイトに身体の大きい子、足の速い子がいれば、物凄く有利に試合が運ぶのは言うまでもない。また、GKもまだ身体が小さいので、高いシュートを枠の中に放り込めば入ってしまう確率は高い。

極めつけはCKだ。しっかり蹴れている子がいて、ゴール前で鋭い子がいれば、ゴールになる。

グランドの大きさにもよるけれど、広ければ広いほど、体格差、キック力、スピードがある子がいればそのチームは強いとなってしまう。

しかし、このような状況も高学年にもなれば一変する。

少しずつ周囲も大きくなるので、身体的な能力でサッカーをしてきた子が一たび影を潜めてしまうこともあるだろう。

このような状況になっても一時の良し悪しではなく、小柄な子がそのまま小柄でも、大柄な子がレベルダウンせずに
ずっと向上していける方法は、やはりしっかりとした基礎(フンダメント)を身につけることだと思う。

低学年時は良かったのに・・・

小学生の時は良かったのに・・・

中学生の時は光っていたのに・・・

よく耳にする話だ。

天からの授かりものをそれを良しとして、しっかりと技術を繰り返して努力しなかった結果が、その資質を腐らせる。

せっせせっせと働いて地道に繰り返して来たものは、やがて身になる。

天分の才に溺れて、あぐらをかき続ければ地道に繰り返して来た者と立場は逆転する。

何かの童話で聞いたことがあるお話だ。

中学年まではチームの王様だったものが、高学年になり、そうでなくなる。
サッカーがつまらなくなる。余計努力しなくなる。腐ってしまう。よくある話だ。

今は少年サッカーも8人制が主流。

11人制に比較してボールがより多く触れるという利点はあるものの、スタメンで試合に出場できる枠が3名減っているのも事実。

勝ちたい、勝たなくてはならない試合で、ベンチを見た時に、直ぐに流れを変えてくれそうな子が座っていれば
躊躇なく交代させるのだろうけれど、チーム事情でそうでなければ、試合に1分も出れないで帰宅するケースは
日常茶飯事だろう。

そのような経験の子が果たして中学でサッカーを続けようと思うだろうか?

更に部活ではなく、クラブチームまで行ってサッカーをしようと思うか?だ。

U12クラブの指導者も頭が痛い所だろう。皆に試合を経験させたい。しかし、チームを勝たせたい。

でも、大きな大会で勝ったことに嬉しさを感じているのは実は、試合に出た子だけで、1分も出ないでベンチを温めていた子、
メンバーにも入れなかった子は心から嬉しくはならないのではないかとも思う。


僕もそんな経験がある。6年でAかBのチーム編成がある前の横浜市大会で、優勝した経験がある。
メンバーには選出されてベンチには座ったが試合に出た記憶はない。
最後に撮った集合写真には写ってはいたものの、ユニホームを着て試合に臨んだ記憶がないので、チームが優勝したという喜びはあっても、心から喜べたか?と言えばそれは嘘になる。個人的にはつまらなったと思う。


その後の正式なチーム編成で、僕はAに残りたかったがBチームに降格した。

今では僕をBチームにした指導者の人達に心から感謝しているが、小学生時代は、物凄くショックだった記憶は今でも忘れない。

あれは、サッカーを始めて、僕が味わった初めての屈辱だった。最後の一年をBチームで過ごすとは。

ただ、小学生で試合に出場する機会がなかった子が中学になってそうでなくなることがある。

しかし、それは小学生で試合に出れなかったという劣等感を持ち、チャレンジを止めてしまう子以外にチャンスは訪れる。

僕は中学に上がる時にもう一度嫌な経験をしている。それは、その少年団の強く巧い仲間と違う中学に行かされることだった。

小学生時に途中で引っ越しをしたため、学区外になってしまい、あまりサッカーが盛んではない中学に行かなくてはならなくなった。

しかし、そこから運命が変化したのだ。6年生でBチーム降格。中学は弱小チーム。

普通ならモチベーションは急降格だよね(笑)


幸い、反骨精神が強かったから逆に目が覚めたよ。あまり極端だけれど、中学2年では、
プロなんてない日本リーグというアマチュアしかない時代にプロサッカー選手になる決意をしたんだ。
ここまでの経緯は長いのでここでは書かないけれど。それからはプロになることしか考えなかった。

中学で今で言うトレセンがあり、本来行きたかった中学の元チームメイトからは、僅か1人しかそのトレセンに選出されて
おらず、僕は弱小チームからトレセンに選出され、立場は逆転した。勿論、各中学から3人という枠が決まっていたから
強い中学だから10人選考会に来てよいという特別ルールなんてない。

僕は横浜市の代表になった。たいして巧くなかったのにね。足は速かったけど(笑)

少し自信をつけると、やっぱりもっともっとと欲が出るよね。小学生時代にBチームという降格を味わった僕が、
プロのないあの時代にプロを目指すことを決め、しかも化け物のようなレベルが揃う王国ブラジルまで行って
サッカーをしようなんて誰も信じなかったよ。

諦めない。腐らない。自分を信じる。その前に本当にサッカーが好きかどうか?を自分に問いかける。

それを確認したら朝も昼も夜もサッカーのことだけ考えてたね。

親から「あんたはサッカー気違い」と呆れられていた。

小学生で皆より劣っているのを知ると、チャレンジすることを恐れて諦めてしまうことが多い。

また、信じている親に「お前は無理だ!!」と言われると「そうなのかな?」ってもっと自信を失う。

そうなると、周囲がいくら励ましても中々自信を持つことはできなくなってしまう。

どこの親に「俺の息子はプロに絶対なれる!!」太鼓判をおす親がいるかね?

逆に「お前は無理」と決めつけるのもどうかと思うね。

8人制になり、A~Cチーム編成になったり、Bでもベンチから試合中一度も使われないで帰る経験をしている子は山ほどいるはず。

勝負の世界は厳しいけれど、決して諦めないことだし、サッカーが本気で好きなら、チャンスをものにする
ために毎日、毎日努力を止めないことだ。

友達と遊びたいのを我慢して少しでも練習することだ。

スクール生には勿論、少年サッカーで試合に出れない子、皆に贈りたいメッセージだね。

信じて努力すればいつか立場は逆転する。

小学生、中学生の肩書なんてプロには関係ない。県でチャンピオンになってもプロからスカウトが約束される訳ではない。

君が個としてどこまで諦めず努力をし続けられるかによる
posted by COJB at 16:51| 神奈川 ☁| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

COJB永久選手 栗山壮,ブラジルプロクラブ、シャペコエンセへの追悼


11/27日はFC COJB 永久選手 栗山 壮の三回忌でした。

11/27日にはご両親主催の壮を囲む会として、COJBからは彼と同期のメンバー、コーチを代表して私が出席しました
が、壮のクラスメート、学校の先生も参加されていました。

彼が過ごした中学生活は1年にも満たさなかったと思いますが、COJBのメンバーは勿論、学校のクラスメートにとっても
あまりにもショックな出来事であり、一生忘れられないことであったと思います。

2年が過ぎた今でも、クラスメートの心の中にも栗山壮という明るく、人懐こい、サッカー好きで、友達思い、
ちょっといたずら好きな人柄を思いだし、壮を囲む会に出席していることでしょう。

また、ご両親のお人柄も壮の人柄に輪をかけて人を惹きつけているように思います。

彼は生きていれば、高校受験、きっとサッカーか真剣に取り組める高校に進路を考えたことは間違いありません。

ただ、我々には、彼との思い出は彼が中学一年生の時から動いていません。

彼を来年3月にメンバーと一緒に卒団させた方が良いのか?それともずっと一年生のままチームに残って貰うのか?

「壮だったらこんな時、どうしていたかな?」と今でも思います。

COJBの永久選手なのですから、やはり卒団はさせられない。ずっと一緒に戦い続ける。

後輩たちのよきアドバイザーとなってやはり残って貰わなくてはとも思います。

昨日のブラジルプロクラブ、シャペコエンセの選手団の思わぬ飛行機墜落事故により悲しい惨事になってしまった例をとってみても、突然予期しない出来事が生きていると起こり得る。

事故率が少ない飛行機であっても100%と安全とは限らない。いくら今日まで元気に生活していも明日どうなるか判らない。

日々我々は生きていれば、良いことばかりではない、面白くないことも沢山ある。

しかし、やはり、与えられた命の限り、全力で生きることが、なによりも大切なのではと強く思います。

嫌なこと、辛い事、苦しいことも敢えて、人生を生き抜いて行く上で、越えて行かなくてはならない、ならば、
そのことも受け入れて、立ち向かっていくことも与えられたものであると思っています。

そのことを身近で教えてくれている壮のこと、また、ブラジルという身近な国のサッカー選手達が、私達に
強いメッセージを残してくれていると思います。

栗山 壮という男が、何かの縁で沖縄からCOJBに入団してくれたことは単なる偶然ではないということ。

飛行機が墜落してしまうというような限りなく低い確率と同じように、これから多くの人生を経験していこうとしていた、13才の若者が、我々の下から突然いなくなってしまうということも確率が限りな低いものであるからこそ、何か教えて貰っていることが多くあるということを感じられずにはいられません。

その栗山壮に感謝しながらこれからも生きて行こうと思っています。

ありがとう壮、Muito obrigado壮、これからも宜しく!!

シャペコエンセの選手、関係者の方々のご冥福をお祈り致します。
posted by COJB at 13:59| 神奈川 ☁| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月29日

中学生は難しい年代

今回は、ジュニアユース、中学生年代について書こうと思います。

文字通り、中学生は小学生、高校生の間に挟まれた年代です。
そして最も教育をする上で難しい年代であると思っています。

私は、中学生という年代は大人になって行く上でのベース作りの年代だと思います。
個人的には15歳以上のサッカーを目指す若者と長年接してきましたが、中学卒業した若者と、高校を卒業してきた若者との接し方はやはり違いました。

そして、今はサッカーを通じて、特に中学生を10年間を見て勉強させて貰っています。

個人的には、もう少し遡って小学4年生のまではいかなくとも、5,6年生+中学3年間の若者を継続して指導させて貰いたいという気持ちはあります。

何を指導させて貰いたいか?といえば、サッカーの技術はそうなのですが、そのサッカーというものを極めていく上では、やはり、若者が各々持っている、内面の部分、
精神的な部分にもっと触れていきたいと思っています。何故なら、何をするにも、気持ちがなければ続かないからです。

現時点でのサッカーのセンスがある、ないではなく、まず、心の強い人間になって貰いたい。

『サッカー選手になりたい』と夢を持つのは大切。しかし、実際にはその夢と、自分の日頃している言動と行動がその夢を達成するという姿勢になっていない若者が大半です。

私のチームのメンバーは決まって各指導者から「気持ちがない」「試合に入る準備ができていない」「サッカーの練習だけでなく、準備から片づけ、整理整頓もしっかり」とまるで、
家庭では母親が毎日「起きなさい!!学校に遅れるわよ」「支度はできているの?」「勉強をやらないならサッカーやらせないよ!!」と言われていることを同じようにサッカーに来ても言われている。
おそらく、学校でも同じことを言われているものと思います。場所は変わっても本人達自身は変わりませんから。

しかし、サッカー選手を目標にする人が果たして一々人に言われて行動するでしょうか?
一度言われてしまったので恥ずかしくて二度同じことを言われることはないように気を付けるものです。

夢、目標を持つということは、何も見つからないよりはよっぽど幸せなことです。
また、その目標を掲げて日々行動すれば、必ず将来役に立ちます。

話が少し飛んでしまいますが、私のチームの中学生にとにかく、何度も何度も指導者に叱られているメンバーがいます。サッカーのセンスはまずまずのものがあります。
多少負けん気もあります。
本人がサッカーが大好きなのも窺えます。しかし、試合中、必要でない場面で、必要としないプレーをして、チームのリズムを崩してしまうことが多々あります。
また、日頃の練習でも練習参加率はかなり良いものの、雑な技術は相変わらずです。

本来であれば、練習参加率が高く、センスもまずまずで、基礎という基礎を徹底されてアドバイスされて、見本までしっかりと目にしているのですから、
上達は誰よりも早いはずですが、この面に関してはどうも進歩が見られません。このような人に多いのは、その場にはいつもいる(参加率は高い)のですが、注意力が不足しています。
必要のない所でマイペース、頑固という自らの成長を時に妨げてしまうという原因もあります。
まず、人のアドバイスを聞く姿勢と、謙虚さ、助言者の言っていることが理解できないのであれば、質問する勇気も必要です。
一度聞き入れて実行してみることも必要でしょう。人のやっていることを見る、観察する、聞く、周囲に注意を払うという姿勢は生きていく上でも大切なことと思います。

コーチ陣は彼にアドバイスしています。
「サッカーはサーカスではない、よりシンプルにその場面に適したプレーをしてチームに貢献できる選手が上のレベルに行っても指導者から使ってもらえる選手。
ボールを必要のない場面でこねくり回し、時間ををかけているうちに相手DFが戻ってきてしまう。ゴールチャンスも失う。遊び心を優先にして、チームの貢献を忘れてしまうなら、
ユース年代、勿論それ以上に行ったときは評価されなくなってしまう」このような話をします。

ブラジルに例えるならば、ストリートサッカーで終わるか、組織に呼ばれてプロになるかということです。
ストリートサッカーは指導者はいません。各々が好き放題、自分の思うがままにプレーします。
良い意味では、技を磨ける、創造力を養える。このストリートサッカーが近年、都市開発により、スペースがなくなり、ブラジルでも面白い選手が出てこないのはこれが原因とされていますが、私が中学生にアドバイスしていることは、このような類のものではありません。

組織でサッカーをするということは、自分の勝手気ままなプレーは許されなくなります。
まずチームに貢献するという基本ベースがなくてはなりません。自分の持つ特長を、チームに貢献しながら発揮すること。これなら問題ないでしょう。

ただ、このことを中学生、特に4月まで小学生だった一年生に伝えてもすぐに理解できるかどうかは個人差があります。性格が時に邪魔をします。
育って来た少年チームのカラーによっても大分違います。
習慣になってしまったものを後で少しずつ取り除いて行くのは容易ではありません。

指導者が指導者のやりたいサッカーで創造力を高めなくてはならない子供達に強制してしまうのは育成的には最適ではないと思いますが、中学生はグランド内外で大人になって行くための一歩であることを忘れてはならないと思います。

普通に、スケジュールも過密になります。大人と変わらないくらい時間に制約がでます。小学生にはあった自由な時間が中学生になると極端に減ります。

身体も厳しくなってきます。正に大人になる前の準備です。

反抗期もあり、特に男子は家に帰宅しても、あまり今日の出来事をこまめに話すケースの方が少ないと聞きます。

本当に苦しいのか?単なる甘えなのか?もっと他に理由があるのか?中々、家でも口を開かないのもこの年代の特徴です。

サッカーの技術は毎日の練習で少しずつは進歩します。しかし、精神的なものはそう簡単に変わるものではありません。

大人は「辛いことを乗り切れば良いことが待っている」と自らの人生経験で知っているので、下からは何も様子が窺えない雲の上の様子が解っています。
しかし、子供は、我々もかつてそうであったように雲の上の様子は未知の領域であり、そのことを大人が力説しても、辛いことに直面している子供には理解できない。

それは一緒に雲の上の様子を見るために子供と同じペースで歩いて雲の上を見る。ということも時には必要なのではと思います。
先の良いものを知っている大人が先をどんどん歩いて雲の上に子供を導こうとしても
子供は中々同じペースで歩いて来ません。また、途中で「腹が痛い」「足が痛い」「疲れた」といい、上を見上げれば雲で覆われていてその先に目標がある、到達すればまた成長できるということは思えません。だから足踏みをします。

一緒とは、ここではサッカーの指導者です。
そして、保護者から背中を軽く押して貰うことです。

結局、辛いながらも雲の上のものを見てみたいと思うか、否かは、本人がどれだけ上を目指したいか?に掛かってきてしまうので、これは本人が自ら乗り越える気持ちにならなければ、難しいものです。

途中で辞めるのは簡単です。しかし、それまでに、最初に「やる」といった以上、やるべきことはやり切ったか?が大切で、それもせずにそこから逃げようとしても、
結局先の人生でまた同じ境遇になった時、また逃げてしまう可能性があるということです。

その時には、子供はもう一端に身体も大きくなっていますし、親の手に負えなくなっていることもあります。その時に家庭内で揉めるよりもできるだけ若い時にぶつかっていた方が良いこともあります。

子供が、単に甘えているか、本当に辛いのか?を見極めてあげるのも、親、指導者、それに関わる周囲の大人の役割なのではないかと思います。

中学生はデリケートです。ただ、デリケートだからと言って甘やかしてしまえば、逞しくはなりません。

中学年代は『一人一人と向き合う』という環境が大切だと思います。

本人、親、クラブのコーチ、それ以外の信頼できる大人が連携を持って一人の若者を育てていく環境が必要なのではないでしょうか?

















posted by COJB at 14:30| 神奈川 ☁| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月06日

色違いの選手が日本にはもっと必要だと思う

前々から日本代表の本田が「とにかくJリーガーも海外を経験した方がいい厳しい世界だから」とか攻め方云々も大切だけれど、「気合い」「根性」「負けず嫌い」とかが根本にないと厳しい試合には勝てないとコメントし続けていることが、スーッと自分にも入る。
また、代表監督が「日本選手は主張が足りない」「代表に呼んでも『こんにちは』しかコミュニケーションを取って来ない者もいる」とかもはっきりイメージできる。

「主張」と言ってもいろいろな捉え方があるよね。

サッカーはコミニュケーションは絶対のスポーツであるから、どうしたいのか?何がしたかったのか?
どうすべきなのか?自分はこれができる、こうしたいという海外の選手が普通にしていることを日本人はしないということだ。

しかし、これはそもそも日本の教育に遡らなくてはならない問題ではないかな?

黙っていることが美徳とされてきた文化が果たしてスポーツの世界でも必要なのか?と言えばそれは違うとおもう。

何もぶつけて来ない日本選手に対して物足りなさを感じているのか。少なくとも外国人監督はそう感じるかもしれない。黙っていれば確かに監督としてはある意味楽だ。何も言わないから議論する必要もない。

しかし、おそらく今も昔も自ら監督に議論を持ちかけてくる選手は決まった人間なのだろう。

海外経験の長い選手が中心になってしまう。新しい選手は「先輩を差し置いて自分が行くべきではない」そう考え控えめな行動をしてしまう、これが外国人監督からすれば違和感になるのだと思う。

高校などで上下関係がはっきりしている日本の体育会系で育った若者がそのまま日本国内でプロになる。

それもいいと思うが、若くして海外で本当に揉まれた選手が日本に違うカラーを出し、代表を引っ張るくらいのものが欲しい。しかし、中々難しいんだよね、海外で順調に育つのも。大変だ。
大成するまでどうしても資金が必要になるしね。サッカー基金があれば、いずりそのような選手が逆輸入で出てくる可能性があるが、日本人の真面目さ、厳しさを残したまま、海外で培った経験で物おじしない、殻を打ち破った選手が出れば日本代表ももっと活気のあるものになるはずだ。

プロの世界でも実力主義とはいえ、上下関係はついて回るもの。ただ、上下関係が悪いということではなく、
スポーツの世界においては常に前に出て行かなくては勝ち残れないことが多い。

国内ではそこそこやれている選手が海外に行くとサッパリの場合があるが、育って来た環境、文化から新しい文化に順応し難い教育のままサッカーやりにいって、それに合わないのですぐに日本に帰国する選手もいる。

代表になって指摘されるぐらいだ。

問題なのはもっと根底にあると思うね。

指導者の言いなり。

例えばサッカー強豪校、上下関係は勿論、付き人のようなもの、上に従う習慣が身についている。
だから社会人になった時、企業は使いやすい。

しかし、スポーツの世界はどうだろうね?

スポーツが持つ本来の目的は自主的、自律の養いではなかろうか?

「独立独歩で考え、行動できる人間の育成、スポーツは本来人に従う術を身につけるものではなく、自分で切り開く力を育成する活動である」という考えもあり、自分もその考え。

野球界で言えばイチロー、サッカーなら引退した中田。現在で言えば本田もそれに近いかな。

日本ではなかなか出にくい素材だと思う。

日本サッカーは底辺の指導の在り方から改善して行く必要があると思う。

皆一緒のカラーになる必要性はない。組織の規律を乱す者は論外だか、違うカラーがあっていい。

髪の毛を染めることではなく、もっと中身が個性的な選手が育っていかないね。


















posted by COJB at 01:28| 神奈川 ☁| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月30日

『おそるべし、ブラジルのサッカー哲学』  ブラジル遠征の続編

毎年、ブラジルに訪問して、特に育成年代において、日本とブラジルのレベルを少しでも近づけさせたいという
強い思いを込めて、まず、どこから日本人の良いところを消さずして、外のものを取り入れられるか?というテーマを持ち
指導にあたらせて貰っているけれど、思い描いたものを実現していくには、モデルとなるチームを自分でもたないと中々難しい。これはフンダメント(基礎)と一緒で日々の繰り返しなので、仮に週に1度指導しただけではこの習慣にならないから工夫をして行かなくてはならないだろう。

日本はテクノロジーはブラジルに勝る。だからブラジル人が日本人から学ぶために来日する。
しかし、サッカーに関しては逆。それは今も昔も変わらない。

その中で『勝負』への拘りを徹底したいところ。それは試合の結果というだけではなく、その結果が出る前の経過、要はプレーそのものがしっかりと結果が出るために戦っているか?だ。例えば、あらゆる1対1のシーンなど。

また、簡単に表現すると、ブラジル人は『真剣に遊ぶ』、日本人は『始終真面目にサッカーをする』
あまり楽しんでいるという印象はない。

また、「リラックスのゲーム」というと、真剣さ、勝負感は消え、ただダラダラしたつまらないゲームになる。
ミスしても追わない。

ブラジル人は球際や勝負どころはやはり激しい。遊び感覚でも勝負どころにはメリハリがある。なので、同じチーム同士でも激しい言葉のやり取りもある。日本人はこれもなあなあだ。ミスしても笑っている。

また、日本人は無駄なボールタッチが多い。足先が多少器用なのは解るが、実際の試合でそれがチームのためにどれだけの貢献度があるか?と言えばチームのプレーを遅らせている可能性が高い。

ボールを捏ねることに努力するならば、試合でまずしっかりとボールを正確にコントロールすること、正確なパスが出せるようになること、あとはボールを簡単に失わないように身体の使い方を覚えることなどに力を入れた方が良い。

ある中学生にこう話した。彼は練習を休まない真面目なプレーヤーだ。

「お前はボールを奪うまではいいが、奪った後、殆どと言っていいほど相手にパスを出してしまう、それは単に
パスの技術が低いからというものではない、焦りすぎなのだ。奪って直ぐに前にパスを味方に繋げようとして、
一呼吸も置かずに直ぐに慌てて出してしまう。パスの行く先はいつも相手。そして、「ごめんごめん」と懸命にボール損失を補いに行っている。そこで無駄な体力を消耗もしている。単に走るスタミナはあっても試合で使うスタミナは違うことが多い。その体力をいつ、どこで使うのか?が大切。
ミスが多くなれば、、体力がいくらあっても足りないのだ。その分だけ走らなくてはならないからだ。
だから、一度奪ったら、一呼吸してみな?キックフェイントでも使えば相手は不用意お前に突っ込んでこないよ。
一度落ち着くとパスコースが1つではなく、2つは見えてくる。変に無理やりスルーパスなどを狙う必要はない。
可能性の高い、近くの選手に預けてもいいんだ。預けて再び受ければいい。そうすればミスは減る」こんな感じで。

ミスが多いプレーヤーの典型はいつも慌てていること。ボールを持つと状況も視ずに前に前にボールを急いで蹴ってしまう。そこを一呼吸置くことができればミスは減るのだ。

このようなことも、ブラジル人は育成年代からしっかりと身についている。

前に急ぐプレーヤーには後方から「前が詰まっているからブレーキを踏んで後ろから始めろ!!」という適切な指示がどの場所からでも飛ぶ。一々ベンチから指導者が言う必要はない。

起こってしまった後のクレーム、本当にボールを受けたいのか否かも解らないような中途半端にボールを呼ぶ声。
事務的に気合を入れる声。プレー中に利益になる声の出し方をもっと勉強しなくてはならない。

そして、もっと闘って欲しい。毎年ブラジルで遠征試合をしても、とても日本人がブラジル人に対して本気で戦いに行っているとは決して思えない。オリンピック代表がオリンピック開催前に行ったブラジル代表とのテストマッチもそうであったように
萎縮してピッチに入っているようだ。このあたりのメンタル的強化も必要だと思う。

そのためには常に目の前にある勝負に対して戦う姿勢を持つこと。日々の繰り返し。

ブラジルへの距離、かなり遠いように思うけれど、何を変えれば対等に戦えるのか?
やれるところからやっていきたい。

画像 283.jpg
(本文とは関係ありません)
posted by COJB at 12:55| 神奈川 ☁| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする