その方(名前を出す許可を得ていないので・・・)はまだ24歳の若手。芸暦4年程ということだけど、俳優業界ではまだまだ若手らしい。
すでに多くの舞台に出演しており、映像(テレビ)での仕事はないものの、将来的には映像の方で仕事を手にいれ、生活をしたいと話をしていた。
演劇に関しては全くど素人で、こんなことを書くのも大変失礼なことかもしれないけれど、僕なりの意見を書きたいと思う。
映像の仕事といえば「ドラマ」がメインだと思うが、そこに出演するまでには非常に険しい道のりがある。しかし、ドラマと言えば、ブラウン管を通して完成したものを見るだけで、その現場を見ることはほとんどなく、生の迫力は伝わってこないよね。もちろん、迫真の演技は見ごたえがあるけれど、NGを出せばやり直しが聞く。
だけど、舞台はそうは行かない。どれだけ稽古を積んだとしても、ぶっつけ本番に変わりはない。
サッカーにも同じことが言える。練習でどれだけすごくても、肝心の試合で最高のパフォーマンスが出来なければ評価は低くなる。プロの世界であれば当然だ。
ぶっつけ本番の舞台のために日々最高の準備を行う。その舞台で大手事務所から引き抜かれたりするケースもあるし、何よりもお客さんがチケット代を払って見に来てくれているのだ。その人たちに最高の感動を与えることが自分の大きな財産になっていくはずだよね。
COJBのコーチ陣はプロサッカー選手育成のために毎日試行錯誤しているわけだけれど、肝心の選手は何のためにプロ選手を目指しているのかを再確認して欲しい。
「自分がプロになりたいから」というだけでは何の使命感もないし、ある意味、自己満足の世界だ。
例えば、南米の選手は「家族を養うため」「お金を稼ぐため」など、生活に直面した中で必死にサッカーに取り組んでいる。中には「毎日の食事のため」と日々の飢えを乗り切る目的の選手も少なくない。それが大きなメンタリティーの源であるし、ハングリー精神にも繋がっている。
ジュニアユース年代の選手は日々何を考えてサッカーをしているのだろう?
ここはブラジルでも南米でもない。同じ生活水準のはずがないのだから、それぞれに違った価値観があっていいと思う。
今日会った方も俳優という肩書きではあるけれど、まだまだそれ1本で食べて行けるはずもなく、仕事のない時はバイトで繋いでいるとのことだ。
日本人文化なのか、安定した生活を求めることが普通で、ある程度の年齢になると「やりたいこと」から「生活のため」に変わる。もちろん、それも大事なことではあるのだけれど、そこに保険をかけて「やりたいことはおいといて・・・」となってしまってはやはり寂しいよ。
とは言っても、男は家庭を持ち、自分独りの生活ではなくなる。そんな中でわがままも言っていられないよね。
ちょっと矛盾している(?)けれど、やはり目指すのであれば日々の生活の中で最高の準備をしなければならないんじゃないかな。
その為の過程にしなければ意味が無いし、結果から見ればその時間は無駄になってしまう。
ジュニアユース年代のメンバーにとっては、例えば「高校受験を控えているのにサッカーをする意味」「何故サッカーなのか?」を日々の生活の中で考えて欲しいね。
舞台も生の迫力は違うと思う。サッカーも同じだ。やり直しが効かないからこそ、そこに熱狂する。選手もサポーターも熱くなるんじゃないかな。
ジュニアユース年代からそんなことを意識して欲しいね。
by平野コーチ
【その他の最新記事】


