2006年09月26日
千葉合宿から得たもの(1)
ブラジル遠征から学んだこと、見えたことを連載しているけれどここでまた一息して、国内合宿で改めて日本の子供達がサッカーをやっていくにあたり何を伸ばし、改善をしていくことで子供達は人間として成長し、サッカーの向上に繋がっていくのか?が僅か1泊2日でも窺えた。
この合宿の目的は主に技術のイメージ作りも考えていたが、やはりメンタルな部分をじっくりと引き出したかった。
千葉の海岸は台風の影響なのか風も突風、波も凄い。だが危険性はない。だから初っ端からロケーションとしては最高である。こんな悪状況の時に子供達の性格が良くも悪くも見える。
砂浜で軽いサーキットトレーニングの中で走り方などフォームを作った。子供達は普段からこのような
トレーニングはあまりしないだろうから新鮮味はあったはず。サッカーに必要な動きを作ることが目的で本来厳しいトレーニングであるが年代が年代なのでフォームを重視。
そのことよりも最後の砂浜ゲーム。コーチ陣対子供達。
もうやる前から負けているんだよね。砂浜で脚が獲られる、思うようにコントロールできない、裸足、おまけに突風。コーチに負けるというより環境に負けてるんだよはじめから。
ゲーム結果はトータルで30対2(勝ちにこだわってないから自分達の点数すら数えてない)かな。
コーチ陣は子供達とゲームをする時には特に絶対に手を抜かない。子供に対して何のメリットもないからだ。でも親子サッカーのように交流を目的としたものは別。だが低学年に限っては違う。諦め。
まだ走る力もコントロールする力もないのに本気でやってもただ面白くなくなってしまうだけ。
だが高学年は特に違う。5、6年にもなれば、自分力に陶酔し努力をしなくなる子供も出てくる。
子供達だって大人が手を抜いてやっていることなんて判っている。手を抜くと抜かれた分だけ大人を抜くため勝つための方法を考えなくなる。コテンパンにやっつければ独りぐらい悔しがりながら大人のボールを必死で獲りに来るようになる。本気になって奪うという瞬間はプロの世界ではごく普通のこと。
日本の子供は国柄か海外の子供に比較すると非常におっとりしていて、欲がない。だからブラジルに遠征や研修にいってブラジル人に物をねだられると「いいよあげる」と許可してしまう。欲がないから人のことを蹴落としてまで上に這い上がるという欲は生まれにくい。
だからFW、ゴールを狙う鋭い奴が生まれにくい。勝つことへの貪欲さが湧かない。
それが例えどんな大男でも、年上でも、勝負事は負けたくないという気持ちの習慣。
だから本気でボールを奪いに行かない。
よく日本では「子供相手に大人気ない」逆に子供も「子供相手に本気ださないでよ〜」という。
要は守られているの、いつも。だから、タックルの避け方、体の使い方も覚えない。
だって当たりに来ないから余計なことをやる時間ができるよね?ボールを持ってのろのろしていてもパスが通ってしまう。環境や状況に応じて対処できない奴は大人になって社会人になっても同じ。
挙句には言い訳しか出てこない。砂浜の自由が利かないところでのサッカー、例えば雨でぐちゃぐちゃになったグランド、暑いなら暑いなりのサッカー、凸凹ならそれなりのサッカー、悪条件であればあるほど嬉しい顔をしてのびのびサッカーを楽しんでいる子を見たいね。
平らで綺麗なピッチなら誰でもできるよ。でも一つ状況が変わった時に、臨機応変に機転を働かせてできる人は限られる。これは訓練だよ。技術と姿勢のね。
だから今回のロケーションはまあまあのものであった。
あともう一つ、ピッチ以外のトレーニング。これは子供のアピールする気持ち、その表現力について。
本当は夜の積極的バーベキュー会の片付けをしてからやる予定だったけれど、昼間にあれだけだらしのない負け方をしてメンタルもないと思い、夜10時から夜間テニスコートでフットサルバトルを開始した。
普段なら当然布団に入っている時間だよ。でも、弱い気持ちを次の日に持ち込ませたくないの。
仲間同士で負けているのに喋らないんだよね。6人もいるのに単体になっていて、個々に物凄い温度差がある。悔しくないのかな?という疑問にもなる。そんな姿を見てしまうと余計本気でやりたくなる。
勝ち負けも大切、でもそれより誰が一番最初にこの劣勢になっている中で動き出すのかを見たかった。
選手Mがやはり半ば泣き出しそうな顔して体当たりしてくるんだよね。でも、Mもまだ自分だけなんだよな。仲間に強くなれないの。だから自分が結局苦しんで悔しい思いしてる。
サッカー、残りの5人の意識が低くで自分だけ力んでも勝てないスポーツ。本気で自分はボールを奪いにいっても相手だって奪われたくない、後の選手が連動してタックルを仕掛けにいかなければスペースがあき最初に奪いにいった選手は馬鹿を見る。案の定あっさりかわされている。それで悔しくて涙流すくらいであれば最初から仲間に叱咤激励をしておくべきだし、覚えていくべきだよ。
やる時にやらなければ、試合終了の笛がなって泣いても遅いの。その時に「自分はやったけれど仲間はやらなかった」と言い訳をしたらその選手の器ははっきり見えたものだよ。
1時間バトルをやり、20−5ぐらいで負け、最後の5点マッチでようやく勝った。コーチ陣の油断もあったが、明らかに少し最初よりも積極的に皆がやりはじめた結果だ。
そうこうしている間に翌朝6時に起きて海岸に向かいながら地域清掃だ。普段好きなことをやらせて貰っている感謝の気持ちとして。
海岸では朝一の眠気覚ましに大声ブラジル体操。要は「海岸道場」が始まった。何度も何度も声が小さかったり、ブラジル体操がいい加減であったりしたら繰り返す。ここでも体操のリズムが解らない選手に対して周囲は他人事。「何故、何かしらのアクションを起こさない?それがゲームに出ているのではないか?」
アクションを起こしたら出来ない選手がリズムを掴みできるようになった。ものの数分だよ。
今できることをしていないし、やり方さえしらないのだなと確信した。
「遊び心のプレー」なんてコーチがいってもどうしたら遊び心なのかイメージができないのだな。
そうも確信した。だからコーチ自らが遊び心をやってサッカーは常に立体でであるということを示してしかないと発想ある選手は育たないと思った。 続く