2016年12月06日

少年チームでBチーム、試合に出れないからと言って腐るのは早い!!



先日、高学年の試合を拝見する前に、中学年代の試合が行われていたの拝見した。

僕はU12のカテゴリーをチームとして活動していないから、時折、低学年から高学年全てのカテゴリーの試合、練習を拝見させて頂く機会を取るようにしている。

日頃、スクールをやっていて、勿論、子供達に指導する内容はいくつもあるけれど、子供がクラブに所属しているのであれば、そのクラブでの週末の活動以外にもスクールに通うということは、所属クラブでスタメンで試合に出たい、もっと巧くなりたいと思っているからわざわざスクールに通うと思っている。

と、いうことはこちらとしてもその想いに応えなくてはならないと常に心に秘めて指導にあたる必要がある。

色々な試合を拝見していて、スクールの子達にどんな練習を試みれば、所属クラブで力を発揮できるようになるのか?

また、露出の即効性があるのか?を試合でヒントを貰い、それをメニューに変える。

中学年の試合は勿論、ハイレベルになれば、パスを繋ぐということもするのだろうけれど
、大概はパスを綺麗に繋げるサッカーをするのは4年、更に形になるのは高学年になってからだと観ていて感じる。

だから3年生は特に、フルコートの試合を拝見していても、殆ど一か所にしかいない。

高学年になるとグランドの使い方、視野が広くなったり、キックが遠くに飛ばせるようになるからグランド一杯に広がり利用しているシーンが普通になる。

低学年や中学年は、まずしっかり蹴れることができると、得をしている。チームメイトに身体の大きい子、足の速い子がいれば、物凄く有利に試合が運ぶのは言うまでもない。また、GKもまだ身体が小さいので、高いシュートを枠の中に放り込めば入ってしまう確率は高い。

極めつけはCKだ。しっかり蹴れている子がいて、ゴール前で鋭い子がいれば、ゴールになる。

グランドの大きさにもよるけれど、広ければ広いほど、体格差、キック力、スピードがある子がいればそのチームは強いとなってしまう。

しかし、このような状況も高学年にもなれば一変する。

少しずつ周囲も大きくなるので、身体的な能力でサッカーをしてきた子が一たび影を潜めてしまうこともあるだろう。

このような状況になっても一時の良し悪しではなく、小柄な子がそのまま小柄でも、大柄な子がレベルダウンせずに
ずっと向上していける方法は、やはりしっかりとした基礎(フンダメント)を身につけることだと思う。

低学年時は良かったのに・・・

小学生の時は良かったのに・・・

中学生の時は光っていたのに・・・

よく耳にする話だ。

天からの授かりものをそれを良しとして、しっかりと技術を繰り返して努力しなかった結果が、その資質を腐らせる。

せっせせっせと働いて地道に繰り返して来たものは、やがて身になる。

天分の才に溺れて、あぐらをかき続ければ地道に繰り返して来た者と立場は逆転する。

何かの童話で聞いたことがあるお話だ。

中学年まではチームの王様だったものが、高学年になり、そうでなくなる。
サッカーがつまらなくなる。余計努力しなくなる。腐ってしまう。よくある話だ。

今は少年サッカーも8人制が主流。

11人制に比較してボールがより多く触れるという利点はあるものの、スタメンで試合に出場できる枠が3名減っているのも事実。

勝ちたい、勝たなくてはならない試合で、ベンチを見た時に、直ぐに流れを変えてくれそうな子が座っていれば
躊躇なく交代させるのだろうけれど、チーム事情でそうでなければ、試合に1分も出れないで帰宅するケースは
日常茶飯事だろう。

そのような経験の子が果たして中学でサッカーを続けようと思うだろうか?

更に部活ではなく、クラブチームまで行ってサッカーをしようと思うか?だ。

U12クラブの指導者も頭が痛い所だろう。皆に試合を経験させたい。しかし、チームを勝たせたい。

でも、大きな大会で勝ったことに嬉しさを感じているのは実は、試合に出た子だけで、1分も出ないでベンチを温めていた子、
メンバーにも入れなかった子は心から嬉しくはならないのではないかとも思う。


僕もそんな経験がある。6年でAかBのチーム編成がある前の横浜市大会で、優勝した経験がある。
メンバーには選出されてベンチには座ったが試合に出た記憶はない。
最後に撮った集合写真には写ってはいたものの、ユニホームを着て試合に臨んだ記憶がないので、チームが優勝したという喜びはあっても、心から喜べたか?と言えばそれは嘘になる。個人的にはつまらなったと思う。


その後の正式なチーム編成で、僕はAに残りたかったがBチームに降格した。

今では僕をBチームにした指導者の人達に心から感謝しているが、小学生時代は、物凄くショックだった記憶は今でも忘れない。

あれは、サッカーを始めて、僕が味わった初めての屈辱だった。最後の一年をBチームで過ごすとは。

ただ、小学生で試合に出場する機会がなかった子が中学になってそうでなくなることがある。

しかし、それは小学生で試合に出れなかったという劣等感を持ち、チャレンジを止めてしまう子以外にチャンスは訪れる。

僕は中学に上がる時にもう一度嫌な経験をしている。それは、その少年団の強く巧い仲間と違う中学に行かされることだった。

小学生時に途中で引っ越しをしたため、学区外になってしまい、あまりサッカーが盛んではない中学に行かなくてはならなくなった。

しかし、そこから運命が変化したのだ。6年生でBチーム降格。中学は弱小チーム。

普通ならモチベーションは急降格だよね(笑)


幸い、反骨精神が強かったから逆に目が覚めたよ。あまり極端だけれど、中学2年では、
プロなんてない日本リーグというアマチュアしかない時代にプロサッカー選手になる決意をしたんだ。
ここまでの経緯は長いのでここでは書かないけれど。それからはプロになることしか考えなかった。

中学で今で言うトレセンがあり、本来行きたかった中学の元チームメイトからは、僅か1人しかそのトレセンに選出されて
おらず、僕は弱小チームからトレセンに選出され、立場は逆転した。勿論、各中学から3人という枠が決まっていたから
強い中学だから10人選考会に来てよいという特別ルールなんてない。

僕は横浜市の代表になった。たいして巧くなかったのにね。足は速かったけど(笑)

少し自信をつけると、やっぱりもっともっとと欲が出るよね。小学生時代にBチームという降格を味わった僕が、
プロのないあの時代にプロを目指すことを決め、しかも化け物のようなレベルが揃う王国ブラジルまで行って
サッカーをしようなんて誰も信じなかったよ。

諦めない。腐らない。自分を信じる。その前に本当にサッカーが好きかどうか?を自分に問いかける。

それを確認したら朝も昼も夜もサッカーのことだけ考えてたね。

親から「あんたはサッカー気違い」と呆れられていた。

小学生で皆より劣っているのを知ると、チャレンジすることを恐れて諦めてしまうことが多い。

また、信じている親に「お前は無理だ!!」と言われると「そうなのかな?」ってもっと自信を失う。

そうなると、周囲がいくら励ましても中々自信を持つことはできなくなってしまう。

どこの親に「俺の息子はプロに絶対なれる!!」太鼓判をおす親がいるかね?

逆に「お前は無理」と決めつけるのもどうかと思うね。

8人制になり、A~Cチーム編成になったり、Bでもベンチから試合中一度も使われないで帰る経験をしている子は山ほどいるはず。

勝負の世界は厳しいけれど、決して諦めないことだし、サッカーが本気で好きなら、チャンスをものにする
ために毎日、毎日努力を止めないことだ。

友達と遊びたいのを我慢して少しでも練習することだ。

スクール生には勿論、少年サッカーで試合に出れない子、皆に贈りたいメッセージだね。

信じて努力すればいつか立場は逆転する。

小学生、中学生の肩書なんてプロには関係ない。県でチャンピオンになってもプロからスカウトが約束される訳ではない。

君が個としてどこまで諦めず努力をし続けられるかによる
posted by COJB at 16:51| 神奈川 ☁| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

COJB永久選手 栗山壮,ブラジルプロクラブ、シャペコエンセへの追悼


11/27日はFC COJB 永久選手 栗山 壮の三回忌でした。

11/27日にはご両親主催の壮を囲む会として、COJBからは彼と同期のメンバー、コーチを代表して私が出席しました
が、壮のクラスメート、学校の先生も参加されていました。

彼が過ごした中学生活は1年にも満たさなかったと思いますが、COJBのメンバーは勿論、学校のクラスメートにとっても
あまりにもショックな出来事であり、一生忘れられないことであったと思います。

2年が過ぎた今でも、クラスメートの心の中にも栗山壮という明るく、人懐こい、サッカー好きで、友達思い、
ちょっといたずら好きな人柄を思いだし、壮を囲む会に出席していることでしょう。

また、ご両親のお人柄も壮の人柄に輪をかけて人を惹きつけているように思います。

彼は生きていれば、高校受験、きっとサッカーか真剣に取り組める高校に進路を考えたことは間違いありません。

ただ、我々には、彼との思い出は彼が中学一年生の時から動いていません。

彼を来年3月にメンバーと一緒に卒団させた方が良いのか?それともずっと一年生のままチームに残って貰うのか?

「壮だったらこんな時、どうしていたかな?」と今でも思います。

COJBの永久選手なのですから、やはり卒団はさせられない。ずっと一緒に戦い続ける。

後輩たちのよきアドバイザーとなってやはり残って貰わなくてはとも思います。

昨日のブラジルプロクラブ、シャペコエンセの選手団の思わぬ飛行機墜落事故により悲しい惨事になってしまった例をとってみても、突然予期しない出来事が生きていると起こり得る。

事故率が少ない飛行機であっても100%と安全とは限らない。いくら今日まで元気に生活していも明日どうなるか判らない。

日々我々は生きていれば、良いことばかりではない、面白くないことも沢山ある。

しかし、やはり、与えられた命の限り、全力で生きることが、なによりも大切なのではと強く思います。

嫌なこと、辛い事、苦しいことも敢えて、人生を生き抜いて行く上で、越えて行かなくてはならない、ならば、
そのことも受け入れて、立ち向かっていくことも与えられたものであると思っています。

そのことを身近で教えてくれている壮のこと、また、ブラジルという身近な国のサッカー選手達が、私達に
強いメッセージを残してくれていると思います。

栗山 壮という男が、何かの縁で沖縄からCOJBに入団してくれたことは単なる偶然ではないということ。

飛行機が墜落してしまうというような限りなく低い確率と同じように、これから多くの人生を経験していこうとしていた、13才の若者が、我々の下から突然いなくなってしまうということも確率が限りな低いものであるからこそ、何か教えて貰っていることが多くあるということを感じられずにはいられません。

その栗山壮に感謝しながらこれからも生きて行こうと思っています。

ありがとう壮、Muito obrigado壮、これからも宜しく!!

シャペコエンセの選手、関係者の方々のご冥福をお祈り致します。
posted by COJB at 13:59| 神奈川 ☁| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする