2017年05月31日

【ここ2年間キーパー運に泣かされている、しかし、また化けさせられるかも・・・(笑)】

本当、何故かここ2年間、GK運に見放されているんだよねゴレイロ=GK来ないウイルスにかかってしまっているようだ(苦笑)

今回も何人か口説いたんだけどね、何度もU12クラブに足を運んで。

それは、所属したGKが「下手クソしか来ない」という嘆きではなく、GK自体が来ないというもの。

下手でも根性さえあれば、ある程度のレベルには仕上げて来ていると思うから大歓迎でもある。

根性さえあればのお話だがね・・・・

正直、前からそれほど発足当初から上背があり、見るからにGKというメンバーは来ないが、

それなりに専門で鍛えて、卒団する頃には高校でも通用するようには仕上げて来ているという自負はある。

心技体どれも厳しく鍛え上げて。

だから卒団したメンバーは高校でも強い高校で奮起している。

なにせ、家に入りたての頃はへなちょこ揃いなのは間違いないから。だから、

そこらへんのGK出身のコーチには負けないよ。鍛えて育てるのは(笑)

2年生にはGKがいないから、U12でGK経験のあるメンバーがフィールド兼用でやっていだが、本人はGKを拒んでいる。

新1年にもいない。が、フィールドとして入って来たメンバーが1名「U12の頃、少しGKやっていました。GKやりたいです」と志願してきたので、早速本人もやる気だして、GKグローブを翌日には購入し、早速キャッチングを拝見したが・・・。

ほぼ100%のド素人だな。動きも鈍い。ボールを拾いに行くのも遅い。

単純にどん臭いの一言。この類は見慣れているとは言え、限度がある。

しかし、どん臭いのは3年間で見事に変身し、

どこか強い高校へ最近、進学していった奴がいたなぁそういえば・・・(笑)

彼の最初を思い出すと、誰が来ても勇気が湧く。山梨の○○ちゃん、ムイトオブリガード!!

本日は、この1年生メンバーとマンツーマン。彼一人にコーチ一人を独占している。VIP待遇だね(笑)

また、新たなチャレンジだよ。試練が始まった。

先日のU14リーグでは、GKでデビューするのかと思ったら、フィールドで30分ぐらい出たよう。

なにせ、普通にキャッチができない。キックもとんでもないところに飛んでいく。

セービングは大分遅れたタイミングで、腹ばいになるだけ。

多分、学校でやるドッヂボールも出来ないくらいのレベルだ。

100本25mから正面に向かってシュートを受けさせたが、100本中、12本しかブロックできなかった。
その12本中、自分でキャッチしたのは2~3本のみ。あとは、私が当てただけというレベル。

100本シュート中、途中、呼んでこの男に吠えたね。

「お前、やる気あんのか?」

「あります」

「なら、何故ボールに食らいつかない?、何故、ゴールされた後、直ぐにボールを拾い次を要求しない?」

「だらだらとやりやがって!!」「下手クソでもいい、お前が精一杯やれることを一生懸命やるなら
とことん付き合うし、なん本でもシュート撃つし、練習もする、しかし、それがないなら、フィールドに戻れ!!俺はA,Bチームのフィールドのメンバーをサポートするから。お前に使う時間があまりにも勿体ない」とね。

「GKは特別なポジション、だから特別にトレーニングをする。そのポジションをお前は
選択しているんだよ。やるなら気合い入れてやれ」

「もう一度チャンスをやる、やるのか?なやらないのか?」

「やります」

行動がまず遅い。ここからがフンダメント。

そういえば、変身したOBも1年生、いや、2年の途中までは「お前は笹を食っているパンダか!!」って散々、吠えさせたものだったなぁ。

人は変われるんだよね。最後まで諦めないで頑張れば。本当に。

だから、こいつも変われるはず。

厳しくしてもへこたれないでGK今のところ続けているからね。これが素質であって欲しいと願うよ。

こうなると、やはり、却って下手糞GKで根性だけは備わっている方が、育てがいがあるかも。

そりぁ時間も手間もかかるけれど、そのような連中を少しは役に立つ奴に育てるのがCOJBなんだなって
つくづく思う。

いいね、どの曜日でも鍛えられて。

本当に、本人のもっている根性だけだよ。大切なのは。

でも欲を言うならば、ちっとは普通レベルのGKが来てくれてもいいかなって密かに思う時もあるよ(笑)

来ないか。

時折、GK珍道中更新します。
posted by COJB at 03:06| 神奈川 ☁| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月30日

【勝っても努力、負けたらもっと努力でしょ】

Jr.ユースの定休日、月曜日の『今野塾』。メンバーは一体何をしに来ているのだろう。

3年は2名、2年7〜8名、1年約3名と小学生2名。

今日も吠えたね。

何故、吠えたかというと、最後のゲームで3年の2名が1年生、小学生2名を引き連れ、対2年と戦い、
制限時間の21時を超え、2-2、その後、2年チームに1点を食らい、負けた。

結果は結果だ。引き分けは負けと一緒としているから、勝敗はつけたかったが、すぐに決着はついた。

負けたことをとやかくいうのではなく、負けた後の姿勢がなっていないから3年の2名に吠えたね。

負けたチームは罰ゲームとして体育館20往復ダッシュを賭けたのだが、3年の2名は明らかに手を抜いて罰を
やらされている。

この姿勢。この低レベルな姿勢が若者の向上を妨げる。

20往復するものだからペースダウンしてジョギングしているようなレベルだ。

「そんなもんかい!!」

更に二人だけ10往復追加してダッシュさせたが、さっきよりはマシに走ったが、まだ余力を残して走っている
感じだ。

そこには、自分がいるチームが負けてしまったという自分を戒める精神がない。ごく普通に淡々と走っている。

ただ、罰ダッシュ、いや、罰ランニングをこなしているだけだ。あのペースなら100往復しても意味がない。

そんな楽なら、罰でも何の戒めにもならない。次に繋がらない無意味なものだ。

苦しいから次は同じ経験をしたくないと思うものだ。楽なら、次、負けても何とも思わない。

負けても普通な敗者はずっと敗者のままだ。

「悔しいのか?」ってそういう奴に聞くと、きまってオートマチックのように「悔しいです」という。
でも本当に芯から悔しい奴は簡単に口に出して「悔しい」とは言わないよ。
噛みしめて努力しに帰るものだ。

負けて走らされるなんていうものはアスリートレベルなら屈辱もいいところ。

目指している者は、負けを認めて1往復だってしたくないものだ。だからゲームはどんなゲームでも負けてはならないと思い必死でやるものだ。真剣にね。
努力を重ねて、いくら追い込んでも負ける時は負ける。自分の不甲斐なさに涙する。
その涙は必ず次につながる。

本気でダッシュをして、無言で立ち去る、悔しさを噛みしめながら。上を本気で目指している奴とはそんなものだ。

自分達以外は皆、年下。誰の責任も問えない、単に自分の力の無さを受け止め努力するしかない。

上を目指す奴とはそんなものだ。最低限の姿勢だよ。

怒りの矛先は仲間ではなく自分。

そんな、3年の2人の姿勢を視て黙って帰らせることはできなかった。

それじゃなくても本気の奴が少ない年代だし、僅かでもいいから、本気でやる奴を高校に送り出したいという

思いがあるから放っておかない。

「なんのためにこのチームにいるんだよ」って何度も問いかけたよ。

ボール蹴って楽しむだけかよ。

冗談じゃない。

どんなことでもいい、先(高校、将来)に繋がらなければCOJBでサッカーをしている意味はないんだよ。

この2名に吠える前に、小学生の一人にも吠えたよ。

「お前、なんかできるだろ!!」ってね。

1つ年下の小学生にも1対1で平気で負け、中1を呼んでマッチアップさせても平気で負けている。

雲泥の差の身体能力でも体格でもない。競り合える場面も沢山あるにも関わらず、

身体を相手に当てるわけでもなく、普通に抜かせて、全部負けている。

一度喝を入れたら、中1にパスを通させまいと捨て身のスライディングをかけて身体を張った。

「ほら、やっぱりできんじゃねぇか!!」

できるんだよ。やれば。

負けて悔しくないんか。

「お前も、なんのために、中学生とサッカーやりに来てんだよ!!」と吠えたね。

まだ小6だよ。しかし、もう小6だ。直ぐに中学生だぜ。

そろそろ戦う姿勢をもってないとね。

現時点でサッカーの巧い下手なんて正直、関係ない。下手で結構、ハートが宿ればおのずと巧くなっていく。

1つ1つの勝負に勝ちたいかどうかだ。その根性があればなんとかなる。

高校でサッカーを続けたいなら、今、そのような精神を作るべきだね。

中学でサッカーはやめるなら別だが。

サッカーは肉体と肉体がぶつかり合う競技でもある。強い気持ちでいかないと、中々対人でも勝てない。

今できることを必死でやることを小学生達にも伝えたいね
posted by COJB at 00:38| 神奈川 ☁| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

ボール探しからもその一面が窺える。

なんでもイメージすることだと思うのだが・・・

イメージ力が乏しいと、何をやるにしても後手になる。

新横浜の練習であちらこちらにボールが飛び、最後にそれを拾いに行くのだけれど、

こんなことがあった。

「ボールが足りないって!!」誰がか、他のメンバーに伝え、残ったメンバー十数名で探し
始めたが、メンバーは一つに固まって「ないない」と騒いでいる。

池の最先端まで行って見に行ったり、一応探しているようには見える。

その探している集団から一人外れて集団と反対方向を探しているメンバーもいた。

練習が終わってかなり時間も経っているので、コーチも一緒に探したるか、ということで、
大体ボールが飛んでいきそうな範囲を限定して、集団の逆を少し歩いていると、溝の反対側の草の茂みに1つ
ボールがあるではないか・苦笑

目があまりよくない私でも見える。

彼らのボール探しをずっと拝見していても、恐らく、探さないと帰宅できないから、本気で探して
いるメンバーもいるのだとは思うけれど、探すのも下手だと思う。

イメージがないのか、探す気がないのか、数人で無駄口叩きながら歩いているからなのか、

とにかく、何をするにも、一生懸命さが中途半端に見えるんだよね。

それが、サッカーにも出ているのでは?と思うよ。

1つのことを取り組む姿勢がまだまだ中途半端で、ストイックさに欠ける。

スマホゲームしている時間があるなら、サッカーにもっと費やすべきだし、それをしないなら勉強に力を入れるべき。

どちらも中途半端に取り組んでいるから頭一つでれない。

サッカーも好きな奴は5万といる。好きなことはベースにはなるけれど、好きなだけではプロには近づかない。


どれぐらい好きなのか?どうなりたいのか?

目標も定めないで漠然とボールを蹴っているから、際立った動きに変化して行かないと思う。

ボール探しをしている時もそんな一面が窺える
posted by COJB at 15:52| 神奈川 ☀| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

クラブユース惨敗後

まだ、正直、私は悔しさが抜けないが、どこかですっきりしたい。

今の3年がU13リーグの時に同じ相手に厳しい接戦を制し、素晴らしい戦いをして勝利した。
あれ以来、今回のクラブユースで同じ相手と戦うことになった。

結果は惨敗。

U13リーグから自分達が3年生になって迎えたクラブユースになるまでの間、同じ相手と我々が
どれだけの成長をしたのか?しっかり見れる機会だったと思う。

結果的には「相手の方が格段に成長してこちらは成長していないのでは?」という
意見も出てしまうと思う。事実、あんな負け方をしたからね。

しかし、どうだろう?空白の1年間から更に本日までのチーム状況を反省材料にした時、
まず何をしなくてはならないかを振り返る必要性があるね。
3年中心に物事とを考えるのであれば。

今更、試合のことを蒸し返してもしょうがない。サッカー云々の問題、戦術だとかよりももっと振り返らなくてはならないことがある。

U13リーグ時代、リーグ1stは小柄で、まだ力が足りない面子でゴールが果てしなく遠かった。
敗戦の方が多かった。

しかし、2stはそれらの敗戦を見事教訓にし、負けないチームに成長した。
一つの試合を最初に落とさなければ昇格していただろう。ただ、決して昇格して当たり前の選手達ではなかった。
最初のスタート地点を考えたら、史上最弱チームに並べても疑いもないレベルだったと思う。

しかし、メンバーは短期間で成長した。TRMでも勝利することの方が多く、負ける方が珍しくなった。

潜在能力はある程度はあるのだろう。

あれからU14での一年間、何をしていたのだろう?

そう、まず、あのメンバーが全員揃って試合はおろか、練習を1シーズン通してまともに一緒にしたという記憶はない。これが現実だ。それも短期間の話ではない。

極端に言ってしまえば、一度クラブをそれぞれバラバラに離れて解散し、今も尚、全員が揃っていないという感じ。

その留守の間、後輩達に席をなんなく譲って、戻って来ても席が見当たらない。そんな感じではないか?

クラブユースの結果はまず、相手のレベル云々というよりも、まず、3年が不在であり過ぎ。

骨折、靭帯損傷、等々直ぐに復帰できるような怪我ではないからまた、苦悩。

一人が復帰すれば、二人が怪我、その他色々な問題をこしらえて、練習メンバーから外れたりと
とにかく安定しない。

挙句にはクラブユース前のTRMではカビトンまで怪我をし、結局、クラブユース出場していない。

ようは、数週間の話ではなく年間通してあのU13で急成長した時のメンバーが未だに集合して、一緒に試合はおろか、練習さえしていないという現状だ。

もし、3年が揃った上で2年、1年生とポジションを争いをしているのであれば、今の後輩達にも後に残していくものは大きい。
ただ、試合経験は積めてはいるものの、後輩が激しい競争の中で勝ち取っているとは言い難い。

激しい競争が接戦の試合でも効果をもたらす。試合で活躍しなければ、次は控えだから。危機感がある。

しかし、その危機感は今の現状では養えない。

大所帯のクラブではないから、そう多くの代わりがいる訳ではない。

身体の小さな1年に体格の違う3年の大会に出して結果を出せ!!というのは流石にちょっと酷だ。

3年生にとって高円宮が最後の大会だ。

このままでいいんかな?って思うよ。あまり我々コーチ陣が思うほど重要視していないのか?

最後ぐらい、しっかり練習を一緒にやり、試合へのポジション争いをして後悔して欲しくないね。

高円宮が全てではないが、目先の勝負に対して、どう心技体の準備して臨むか?という気持ちはこれからサッカーを続けて行くなら大切だと思うね。

怪我、病気・・・、したくてする訳ではないが、長いスパンで見れば、単純に会社に勤めるにしても、
心身共に今から鍛えておかないと、それははそれで影響をもたらす。

最後ぐらいしっかりやって欲しいよ。

サポートは出来る限りやる。コーチ陣はそれしかできない。試合は出れないからね。
posted by COJB at 14:49| 神奈川 ☀| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月16日

【子供の人生の航海の旅】

【子供の航海の旅を親がわざわざ遮るのはもったいない】

険しい人生の荒波を子供自らが苦難から乗り越え逞しく生きる。

そんな子供になって欲しい。親ならそう思う人は少なくないだろう。

ならば「私は親として子供の成長を遮っているのか否か?」

子供には学校というものがあるけれど、親には親になる前の学校はない。

親になる資格を得た者だけが親になれるというものはない。
また、親は資格云々で子供を教育するものでもないとも思う。

だから実戦で勉強していくしか方法はない。だから親は皆、「これで良いのだろうか?」と
葛藤しながら、子供と一緒に日々勉強しているものだと思う。

親になった人なら誰でもそう思って日々教育に悪戦苦闘していると思う。

「我々の自分の子供の教育は完璧だ、誰にも何も言わせない」と豪語できる自信家は
中々お目にかかれないでしょう。

自分が子供にとって良い親なのか否かは正直判断できないと思う。

子供の教育は幅広いと思うけれど、きりがないが、一般的によく聞く
「人様に迷惑をかけないように教育する」
願望は、
「やがては自立して一人歩きしてほしい」

どの親も自分の子供がやがて社会の荒波に飲み込まれないよう逞しく生きてほしい
と願っていることだと思う。男なら尚更。

では、そのベースをどの時期に養っていくか。

やはり思春期の真っただ中にいる中学生だと思う。

例えば、
この世の中で一番難しいことは人間関係だと思う。人間の社会で生きている以上、
自分中心で物事が回っていることなどはない。

思春期にもなれば特に、いろいろな誘惑、悩みも出て来る。同世代との人間関係も複雑になり、より力関係が著しくなり、それによって劣等感を感じたりもしてしまう年頃だとも思う。

親が知らない環境で子供同士の社会で色々なことが起こっていると思う。
その子供同士の社会の問題に一々親が介入するのか否か。

そこで、親離れ、子離れというフレーズが出て来る。

どちらも必要になるだろう。親離れは子供が自立して行くための一歩。
反抗期、中学生ともなれば、親と行動をしなくなる。
親と一緒にいるところを友達などに見られるのが恥ずかしくなってしまう年頃だ。
このことを親が、一見、感じたり、ついつい優しくなってしまうこともあるだろう。

しかし、子が親から離れて行くのはごく普通のこと。
だから、色々な難しいことが出て来る。

「反抗期で困る」という言葉を耳にするけれど、これはむしろ良いこと。自立の一歩だ。
反抗期を感じたら親が子にああだのこうだのと言うのをやめて行くべき。
親が色々と干渉しようとすると、却って反抗態勢になる。

未熟なりにも自分なりの考えがある。
生意気な態度、行動かもしれないけれど、自立というものはそもそも親の言いなりにはならないことにもつながる。親は我慢の時期に差し掛かる。
親は子供に嫌われるのを恐れる必要はないと思う。
会話がなくなるのを怖がる必要性もない。
特に男なんて、そんなもの。口数少ないし、喋らない方が普通。

やがて、大人になって行くにつれて、口には出さないが、親が自分にしてきてくれたことを感謝する時が来るはず。
社会の荒波に揉まれて、色々な経験をすることにより、親の尊さも理解するようになるだろう。それがいつになるか判らないから親も辛抱なのだと思う。

結婚でもして、子供でも授かれば尚更。親の気持ちがここで実感する場合もあると思う。
子育ては辛抱、我慢の連続だと思う。親もまだ人として子供を通じて勉強していることになる。

だから、中学生時代で親が子供にしてあげるべきことは、弱音を吐いている子に「頑張れ!!」と背中を押してあげることであり、なんでも守る、手を差し伸べることではないと思うのだ。

子供が学校やクラブ活動で嫌なことがあったと悩んでいるならば「行きたくなければ行かなくていいよ」ではなく、
実際にどのようなことになっているのか?を親も子供と一緒に学校やクラブを訪れて事実を確認する必要があると思う。

子供のことだけを一方的に聞き入れ、学校やクラブ、先生や仲間などを悪者に仕立て上げてしまうこと自体、親がそこで解決してしまってはいないだろうか?

「君は悪くない社会が悪い」「君は悪くない仲間が、先生が、指導者が、学校が悪い」

親が子に手を差し伸べる時、そのタイミングを知る見極めは必要だと思う。

タイミングを間違えてしまうと、子供が自ら立ち直るきっかけを奪ってしまいかねない。
ただ、これは割と難しいのかもしれないが、できることなら、
本人が親にコメントしたように、本当にその環境で行き過ぎたことがあったのか?子供にも非がなかったのか?そのようなことがあるのであれば、話し合いの場によって解決する場合も大いにあると思う。それに向き合わない環境であれば、それはやむを得ないケースもあり、親がサポートするしかないだろう。しかし、そのことさえ行動せずに、勝手な思い込みで
その場を去ってしまった時、やがてまた、同じ場面に遭遇した際に、また環境の責任して
その場を去って行ってしまうのだろうか?
その子はずっと社会の責任、環境の責任にして、自分を振り返ること、改めなくてはならないことに気付かずに社会に出る。

やがて、結婚し子供を授かり、今度は自分が親になる。

そして、子供を教育している中で、やがて自分と同じようなことが子供にも遭遇した時、また、子供にも同じことをするのではないだろうか?

周囲が一緒になって向き合ってあげることは良い。しかし、解決してあげることではない。

自ら立ち直る免疫がない親が子供に立ち直らせる術を伝えられるはずかないと私は思う。
自分が術を知らないのであれば相談も必要だろう。
それは決して恥ずかしいことではないと思う。絶対に正しいというものはないはず。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」という人がいるが、その通りだと思う。

今後、子供が社会の荒波に入り込んだ時に、このような経験は実戦として役に立つはずだ。

大人になればなるほど、人間関係はより複雑になる。
中学生ともなれば、その複雑な人間関係の免疫を作れる最高の場でもある。
親が子供を家庭から一歩出した瞬間から、子供は社会への航海の旅に出かけている。
子供が学校で、どのような存在でどのように人と接しているのかもこと細かくは判らない。
嫌われているのか?人気者なのか?普通なのか?仲間はずれになっているのか?人を仲間はずれにしている立場なのか等。

苦しい人間関係は中学でも高校でも立ちはだかる。

これも社会に出た時のための訓練だと思う。

子供の人生経験としてクリヤしていくには、最高のシチュエーションであったかも知れない。

一緒になって向き合って考えてあげる環境は必要だと思う。しかし、親が先に出て行って
それを解決してあげることではない。

解決するのは親ではなく子供自らしていくものだ。それがたとえ長い航海であったとしても。

目先の航海の旅であれば、それはそれでいいのだろう。

しかし、この先、本人は勿論のこと、
親にも判らない、子供の険しい荒波人生が待っているかもしれない。
人生の航海の旅を親自らが遮ってしまい止めさせてしまうのはあまりにも勿体ない話だと思う。
何が正しいという訳ではないが、「できれば逞しく生きてほしい」と願うのはどこの親も一緒だと思うから
posted by COJB at 14:40| 神奈川 ☁| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする