2016年01月10日

「本物で貪欲になれる選手を何名輩出できるか?」

「本物で貪欲になれる選手を何名輩出できるか?」

これが2016年の挑戦。これは日本、ブラジル両方の育成選手にも共通すること。

結局、巧くなる奴は貪欲。本質が何も変わらない奴はその場限り。では、どういった人間が貪欲なのか?

例えば、ほんの一例に過ぎないけれど、自分よりもその道で経験を積んでいる人が思いもよらずそばにいてコーチしてくれている。できるだけ多くのことを吸収するためにこの機会を逃すまいと質問したくなるはずだ。
実際に見せて貰えるなら見せて貰いイメージしたいはずだ。その残像をいつまでも自分の中に残し、自分で何度も真似をするかのように繰り返しやってみるはずだ。そして、今日教わったことを忘れないように、身体に染み込ませるために何度も何度も繰り返し努力を積み重ねるはずだ。後からあれも、これも質問したかった…と後悔の念すら浮かぶ。しかし、ほんの僅かな内容ではあってもそれだけは忘れずに繰り返しをするはず。自分がより巧くなりたいという気持ちの現れだろう。それだけでは足りないからノートに記憶させておく。忘れそうになったらノートを見直し記憶を甦らせる。とにかく、色々吸収し、自分を確立するための努力を惜しまないだろう。

一方、貪欲でない人はまず誰が指導してもその場は刺激になる。例えば有名な一流コーチが指導してくれたとしよう。チームが大金を出してそのコーチを1日招いたとしよう。

そのレクチャーを自分の肥やしにするのか、その人に会えただけで満足し、思い出としてとっておくだけで、あとは肥やしにしない。このような人は誰が、どんなに優秀な指導者がそばに来ても成長はない。資金を使っても無駄銭で終わる。会えたという感情が満たされただけで、それをきっかけに行動する気持ちがなければ、何を見せても、その場限りで大きな成長は望めない。プロを目指すというならそれは無理だ。プロは貪欲な人間の集まりで、貪欲同士が凌ぎを削って這い上がる世界。優秀な指導者に1日触れ合っただけで何も肥やしにせずその場限りや数日坊主でプロに到達したら、皆プロに簡単になれる。プロ選手という希少価値もなくなる。
誰でもなれるものならある意味魅力はないだろう。我慢も、苦労も耐えて超える必要性もないだろう。

日本代表の選手層は今頃もっとすごいことになっているよ。フル代表がブラジル代表のように5チームは出来る。しかし、気付かないし、気づけないのだよ、なかなか小学生や中学生では。この年代で気づいてない場合、高校年代で気付けるか?と言えばそれは難しい。凡人は、皆と一緒に夢を見て、一緒に何かをしていればそれで上に行けるかも…と錯覚を起こす。ブラジルサッカーなど海外留学も一緒、ブラジル人と一緒にサッカーしてれば凄いレベルになると勘違いしている人が多い。そのレベルになる人はどこにいてもそうなる、逆にそうでない人はどこに行きどれだけ資金を投じてもそうはならない。

何故なら一時、その場限りだからだ。そういう人を世間一般でいう「口だけ」と言うのだ。貫けない。継続出来ない。好きなことでやっていて、目指してると言っているにも関わらずだ。
だから中学生年代の人達に言う、夢見れているのは精々高校年代の途中までと。現実が見えてくる。何故現実が見えてくるのか?それは積み重ねてないからだよ。隣の人と同じビジョンしか持たずに来たからだ。隣の人がたまたま貪欲で、もの凄い向上心がある人ならまだしもそうでない同じレベルのビジョンならそれまでだ。「このぐらいでいいだろう」なんて思う習慣が身についている人はそもそもプロ向きではないのだ。

一時「プロを目指しているんです」と恰好つけているだけ。直ぐに苦しくなったら諦める。

芯がないから。信念も薄っぺらだから。

我々大人は勿論、子供達より長く人生を経て来ているので「もっとこうすれば…、もっと努力すればできるのに…」と思えてしまうけれど自分達もそうであったように、いくら周囲がアドバイスしても本人がそう思わなければ強要しても無駄になる。私は中学生に時折特別練習をすることがある。中学生自らお願いして来るケースは稀にあるけど、大半は指名する。しかし、一度の場からその後の本人の行動を見て、次も指名するか二度としないかを判断するようにしている。大半は二度呼んであげたいとは感じない。ただ、このレベルが普通と思ってもう一度チャンスを

与える時もある。育成年代だから。

『この機会をきっかけに』しない人は何をしても厳しい。特別練習の時は充実した。この特別練習の意味を察しない人は感じられない人なのだ。感じられない人がいくら夢を見てもそれは幼児が夢を語るのと一緒のレベルだ。
以前と同じ行動。欠点をアドバイスされ、本人も納得して「これからはしっかりとこれを改善しようと思います」と体裁のいいことを述べても、数ヶ月になっても改善していないで相変わらず同じミスを繰り返しているなら改善する姿勢がないのと一緒だ。意識して改善出来ないならまだ救いようがあるが。それもそれで、まず自分で考え、悩んでから経験のある人に相談する姿勢も意識が芽生えていることにも繋がる。

皆、小学生、中学生は夢を見ている。サッカーなら「サッカー選手になりたい」とね。

口なら誰でも言える。どうしてもならなくてはならない理由を自分で作ったらいい。そうしたら行動が変わるから。

親が裕福なのにサッカー選手になる理由がどこにある?って本場の国の人は言うよ。

普通に仕事したって十分生活していける国で暮らしている若者がプロを目指す理由を自分で作ってみたらいい。

そうすれば、いかなる壁が来ても絶対に諦めないから。

学ぼうと思えば、吸収しようという姿勢があれば、絶対に行動に出るはずだから。

クラブの練習だけして帰宅している奴、オフの時にこそ、自分を磨こうとしない奴は人よりも頭1つ出ることはない。

また、ブラジルで留学している奴も一緒。ブラジル人のペースで生活していたら、帰国しても受け入れてくれるクラブなんかない。日本も甘くないから。

クラブの練習は全力でやって当たり前。クラブの時間外、オフ時に何をしているかで決まる。

自主トレの質が大切。上のレベルでやれる奴は皆それを自ら知っている奴だ。気づいている奴だ。

目指して欲しい。より多くの若者に。しかし、しっかりと地に足をつけて目指してくれと言いたい。

これは、後々サッカーの世界に限ったことではない。他の社会に行っても通用する姿勢だと思う。

どこの企業もいつまでも経営が良いとは言い切れない。急に経営が傾いたらすぐに逃げ出すのか?

いままでお世話になった恩も忘れて何もせずに逃げるのか?

そんな元サッカー選手にはなって欲しくないね。

まずは、貪欲の言葉の意味を深く考えて欲しい。目指すという意味を考えて欲しい。

これからの日本を背負うのは君達だよ。
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2015年06月30日

「若い内に他人の飯を食う」



ことは大切だと改めて思う。
これは人の食い物を勝手に食うという意味ではない(笑)

場所は問わず親元を離れてしばらく日々生活して行くことで、長年自分の子供を視て来た親でも自分の子供が外でどのような振る舞いをするものなのか?を思い切って出してみなければ解らない。

中学生ぐらいまでなら、毎日親の傍で生活しているし、学校での振る舞いや仲間との関係もある程度なら先生に聞けば様子は窺える。学校は朝早くから始まり、クラブ活動をやっている生徒であれば、夕方まで家庭とは離れたところで生活を送っていると思う。
しかし、いわば親の監視下にはいる年代だ。
更に小学生の間は親の傍にいる時間が限りなく長いと思う。

親の眼の届くところで生活している時はまだいい。

しかし、やがて夢や希望を叶えるために、海外に留学したい、親元を離れて県外で生活したいということもあり得る。

何も目的がなく単にその場から逃げ出したいからそのようなことを言っているケースは別として、子供が目標を持って何かをやろうとしているのであるから親としては出来る限りのことはしてあげたいという気持ちの中で、海外へ送り出す。

我が子をせんじんの崖から突き落とす覚悟で。

これは特に母親は大分勇気がいることだと思う。小さな頃かにら毎日毎日一緒にいて、その子供が自分の元から長い時間いなくなるということは考えられないという心境かもしれない。

しかし、親離れしようとする子供を阻止はできないし、むしろ頭を切り替えて「この子の将来のことを考えればそれもいた仕方ない」という決意で背中を押してあげるという親心で送り出すものだろうな?と思う。

親元にいつまでも大切な置物のように置いておいても、成長は停滞する。

親の教育だけでは限界があるし、世間の荒波に揉まれながら日々人として学んで行くことが好ましい。

いつかは旅立つ。一度親元から離れて行く。人間社会も動物の社会もそう考えれば同じだと思う。

サッカー留学、語学留学など留学という名のつくものはいくらでもあると思うけれど、これもまさに「他人の飯を食う」という意味では格好の機会であることは間違いない。

海外で生活をして、海外の文化で育っているネイティブから学ぶこと、海外で生活する日本人から学ぶこともあるし、日系の方から学ぶこともあるし、出会いはさまざまである。

日々母国でしてきた行動、習慣が一緒に少しでも長く生活していると視えてくることが沢山ある。

良いこともあれば、逆のこともあるだろう。

生活を共にすればするほど、各々の性格が露わになる。

ましてや人生これからの若者だ、親だけでは見きれない、見ていて説教をしても耳を貸さない年代にもなって来ていることは確かだし、中学生年代以降は形成していくのには難しい年代でもある。


中学年代のメンバーを連れてブラジルに遠征に行った時に、あるメンバーの行動にどうしても違和感を覚え、その時はわいわいがやがやとやっていたので、軽い注意だけで済ませたが、後からそのメンバーを呼んで話しをさせて貰ったことがある。

現地人との交流の中で盛り上げようとして、楽しんでいたのは良かったが、もう一人のターゲットになっていたメンバーの置いてあった荷物の中身を断りもなく物色し、周囲の笑いを誘っていたケースがあった。やられた本人は嫌がっているし、一緒に盛り上がっていた現地人は大人もいたが、特に注意をするようなジェスチャーもなく、一緒に訳がわからず楽しんでいたという光景だ。

人のものに断わりもなく勝手に手をつけるという行為をいくら盛り上がっている場だからと言っても見逃せるであろうか?という問題だ。

もし、この行為がこの場のたまたまのことではなく、このメンバーにこのような習慣があるとして、それを周囲が誰も気付かない、気づいてはいてもそれを注意しない環境に自分の子供が身を置いているとしたらどうだろう?

これは他人の飯を食わせたから発見できたものではあるが、その行為を何の悪気もなくやっていることとすれば、それは周囲に注意し、忠告してくれる人が現れることを是非祈りたい内容だと思う。

人の物に勝手に手を掛けるという行為は例え親しい仲間内でも犯罪であり、犯罪のウォーミングアップのようなものだ。それをなんの悪気もなく普通にやってしまうということは、その前にそのようなことをしてはならないという教育を幼少に受けてないということになる。

それを遠く離れた異国で自分の子供がやっていると聞いたとき、親はどのような気持ちになるか?

昔、私が最初にブラジルへ渡った時もそんなことがあった。
沢山の日本人サッカー留学生が住んでいる寮があった。
日本の親から留学生宛に送られて来た荷物が寮にある。荷物の留学生は他のクラブでサッカーをしているためにその寮には不在だった。
それを良いことに、そこに住んでいる留学生が勝手にその留学生の荷物を開けていることを耳にした。

私はこの行動に非常に違和感を覚え、20年以上経った今でも記憶に残っている。

無法地帯。自由。自由が時に人間のスキを作る。海外留学の影の部分だ。

その場で居合わせた人が忠告してくれればまだ幸い。

例えサッカーが巧くなっても人としての教育がないから社会で失敗するケースがある。

この件は実際に私が目撃した訳ではないので何も言えなかったが、そんなことを普通にしてしまう者が存在するのか?と思った。何もしつけされていない生まれたばかり動物と一緒の行為だと思ったものだ。

人の所持品とは違う実例になるけれど、COJBブラジルをスタートさせた時、留学生のために家を借りていた。そこで私も一緒に長年メンバーと生活していたことがある。

その寮の習慣は日曜日の午前中は試合や練習がない時はまず、家の掃除から始まる。
あるメンバーが他のクラブからこの寮にオフで帰ってきていたと記憶する。
そのオフで帰って来ていたメンバーもこの寮に入ったならルールは一緒、仮にそのルールを知らなかったとしても、周囲が一掃清掃を始めれば、その掃除をやっている目の前でソファーに座って新聞を読めないと思う。そこで、そのメンバーに注意した記憶もある。

もっと細かいことだけど、日本から来たばかりのメンバーが「皆さんで食べて下さい」とお土産を持ってきてくれた時の事。
貴重な日本のお菓子だった。全員の配布したので全員食べたはずが、たまたまそこに不在であったメンバーのお菓子は冷蔵庫に保管していた。
そのメンバーが寮に戻ってきたので、私が「日本からのお土産が冷蔵庫に入っているからお前のものだ」と伝え冷蔵庫をそのメンバーが開けると何故かお菓子はなかった(苦笑)

だれかが食べてしまったのだろう。

小さなこと。されど、そのような行為は人としてどうなのだろう?と思ってしまったのだ。

「食べたい!!」という欲求に負けて人の分まで黙って食べてしまう行為。

結局そのお菓子を誰が食べてしまったのか?は解らないままになってしまったと思う。

共同生活をしていて、自炊をするような機会があると、これまた色々出てくる。

自分で食べた食器や焦がした鍋は焦げを水でつけて取れ易くなるまで放置するのは解るが、ずっと洗わず、結局見かねたメンバーが洗っている。

家の中で目の前に落ちいてるゴミを自分が捨てた訳ではないといわんばかりに、拾わない者

もう、日本での生活をそのまま海外でも出るは出るは(苦笑)

また、日本では親元にいてそのようなシーンに出くわさなかった可能性もある。

何故なら親が全てをやってくれてしまうから。

これが、中学を卒業し、そのまま海外に行った者は余計にそのような場面にできるだけ遭遇した方が身のためだ。

いろいろな問題が出てくるけれど、やはり人の物を勝手に触ったり、見たり、ましてや自分のものしてしまったりする行為は後に犯罪に結びつく。

それを無意識にやっているとして、それが海外で親切な人に注意して貰って気づけば、仮に目的の夢が達成できなくても海外でお金を使った意味があるというものだ。

しかし、そのような人に出会えない人は、本人的には楽で知る由もないが、却って不幸。
何よりも親も不幸。しかし、自分達がしつけてこなかったしっぺ返しでもあるということを受け止められればそれはそれでムダ金ではないと私は思う。

私も親。それは同じ気持ち。

自分の子供は自分でしつけるべきという信念はあっても、いつもそばにいる訳でもないし、子供はある程度の年齢になれば、勝手に親離れしていくもの、親のエリアから外れてくる。

だからと言って、人に自分の子供のしつけ、教育を委ねるつもりはないが、もし、自分の子供に苦言を呈して下さる方がいるならば、それは本当に有難いこと。
その一言に尽きる。

夢を持って留学するのはいいこと。それが出来るとは有難いこと。
好きなことが身を結ぶことは良いこと。しかし、人として常識的なことも勉強する機会がなく、本能のままに動いてしまっているだけではそれは本当の意味での海外生活の成功とは言えないのではないだろうか?

よほどサッカーで大物にならない限りは私の中では育成失敗と反省する限りである。

親に子供をお返しするのもおこがましい。それぐらいの責任だと思う。

仮にその問題の原点が親にあるとしても。

ただ言えることは国内外問わず「他人の飯を食わせる」という言葉は決して伊達ではない。

若い内に沢山世間で失敗し恥をかくべきだと私は思う。

やがて自分が親になり、子供を教育しなくてはならなくなる。その時に多くの失敗を重ねて反省し改善に努めておけば、それが教訓になっているはずだから。

世間は冷たいもの。しかし、君のために一生懸命苦言を呈してくださる奇特な方も世の中には大勢いる。

大きなことにならぬ前に、その都度耳が痛いことでも聞く姿勢を持つことも大切なことかも知れない。

どこでも学ぼうと思えば学べる。

海外はある意味自由だから、若者にとっては最高の場所。

しかし、その自由が時に良からぬ方向へと導かれる。その分別をしっかりと身に付けることも大切なことだと思う。

親は親だから最後まで面倒は見てくれるだろう。しかし、他人はそんなに甘くないから。
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2015年06月29日

「J下部育ちのエリートがなめた泥」

今自分達はどのくらい努力をし、どれぐらいのレベルの位置にいるか?

そんなことを考えてサッカーをしたことがありますか?

12年間在籍したJクラブから欧州に渡り、泥を食わされた男、豊嶋邑作。
育成年代の日本代表にも選出されてきた逸材。

そんな選手が日本国内、海外でなめた苦杯、それでも信念を持って進み続ける彼のコメントを贈ります。

彼との出会いはかつてCOJBがトップチームの活動をメインにしている時、COJBスタッフが某Jクラブのセレクションに行き、選考漏れした選手をピックアップしてプロへの夢を諦めて欲しくないという思いで、スカウトしに行った時出会った。

その選手が5年ぶりに帰国し、Jクラブ入りを目指す。

今後プロを目指す若い選手達にも参考になることがあると思い、彼が書いたメッセージを掲載させて頂きました。

「J下部育ちのエリートがなめた泥」

先日、僕は5年ぶりにJリーグの サッカー を肌で感じる機会がありました。

今から5年前。
当時、僕が柏レイソルの下部組織に所属していた頃、トップチームの練習や試合に参加して以来のJリーグ。

僕はユースを卒業すると同時に、今では 恩師 と言っても過言ではない、今の自分の 武器 を磨きあげるキッカケを作ってくださった今野さんと出会いました。

残念ながら、色々な事情や怪我が重なり、ブラジルには行けず、1年遅れで欧州へ渡り、プロサッカー選手として4ヵ国5クラブの欧州1部リーグで100試合近くの試合数を経験してきました。

プロ初タイトルを獲った年もあり、少しずつ成長してきた実りある5年間だったと思っています。

そこで学んだこと、磨いたことは、やはり 個人能力 や 武器 といった類のモノです。

どんな場面でも、迷わず自分の武器を発揮する。

厳しい環境でもそれを貫いたことで、同年代のJリーガーよりも、 武器 ということに関しては、確固たるモノを身に付けられたと自負している部分もあります。

それもこれも、COJBとの出会いがキッカケでした。

COJBから学んだことは、身体的なことはもちろんですが、 内面的 な強さです。

自分の武器は ドリブル なのですが、ドリブルしやすい時だけドリブルを仕掛けるのではなく、
厳しい状況でも、何とか身体を張りながら、倒れずに、強く強く仕掛け続ける姿勢。

その過程で、基礎技術の大切さや、失敗から自分の弱点を見つめ、それをより厳しく磨いていくことの大切さを、改めて学び直しました。

その中でも、 プロテージ という技術は、僕にとっては衝撃の出会いで、その プロテージ という技術の習得なしでは、今の自分はいません。

プロテージについては、前回掲載頂いた文章も参考にして頂きたいのですが、

それを身に付けたことによって確立された 自分の武器 が、アキレス腱断裂という大怪我を負いながらも、5年間もずっとヨーロッパの1部リーグで試合に出られ続けた要因でもあり、

それを評価して頂いて、今回、伝統あるJ1クラブへ練習生として参加させて頂きました。

5年ぶりの日本のサッカーには、正直驚きもありました。

とにかくテンポが速い。

誰もがワンタッチ、ツータッチで細かく細かくパスを繋いで攻めるというカタチが浸透していて、ミスも少ないですし、

練習の質、細かいところでの日本人の技術といった部分では、世界でもトップレベルだと言われているワケがわかった気がしました。

環境も申し分なく素晴らしいです。

しかし、いざ試合となると、世界で勝てない日本。

格下にも苦戦することが多いです。

決定力不足と言われて久しいですが、

練習では、面白いようにバンバンとシュートが決まります。

そこが 日本人 なんだなと感じました。

日本の技術者もそうですが、自分の世界で、自分のリズムで集中しているうちは、ものすごい発明やクオリティの商品を生み出し、世界で賞賛されていますが、

じゃあ背後から 早く作れ それでいいの? などと言った言葉を投げかけられ、プレッシャーのかかる状況下に置いた時に、果たして同じだけのパフォーマンスを発揮できるのか?

ということです。

おそらく、それによってメンタルに多大な悪影響を及ぼしやすい日本人は、試合になるとその影響が出てしまうのではないか?とも感じました。

あとは、ライザップではないですけど、単純に 結果にコミット したトレーニングが少ないとも感じます。

練習の 質 や 内容 にこだわる余り、シュートを外すことへの恐怖感というものがないのだと思います。

そういう意味では、高卒で欧州の荒波や厳しい環境でもまれてきた自分は、

常に仕掛ける姿勢

貪欲にシュートを狙う意識

それを繰り返せる強い精神力と考えるチカラを上手く発揮するというより、泥臭くそれを発揮し続けようとすることができれば、あまり日本人にはいない、そんなプレーができると思います。

上手い日本人

ではなく、怖い選手として戦いたいと思っています。

豊嶋邑作23歳(柏レイソルU12〜U18⇒FCCOJB⇒ヴィゼー(ベルギー)⇒ユルマラ(モルドバ)⇒FKロブチェン(モンテネグロ)

元U18日本代表

豊嶋2.jpg


posted by COJB at 11:07| 神奈川 ☁| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月17日

日本はアジア枠を捨て南米予選に入れて貰うべきだ!!

こんなことが出来れば本物の強さに変身するだろう。現在開催されているコッパ・アメリカ(南米選手権)に日本は一度参加し、二度目はスケジュールの都合で辞退した記憶がある。

ガチンコで厳しい戦いが続く大会に中々参加出来ない日本はアジアであぐらをかいてきた。

残念ながら、今の日本がアジアでこのまま戦っても世界のトップレベルには到底近づかないだろう。

昨日のシンガポール戦、誰もが5得点ぐらいして勝てるだろうと想像していたに違いない。

引かれた相手にどう戦うか?決定力不足という問題はここ数年の問題ではない。

シュート数相手が3本に対して日本は23本。

データよりも一本が肝心な時に決められること。これは厳しい戦いを積み重ねないとその一本の重みは解らないはず。

下手な話1本撃って1本ゴールして後はしっかり守れば試合は勝ちは勝ち。

ガッツリと守って、ボールを奪っても味方のFWにしっかり繋いでカウンターを狙える脅威がないシンガポールに対して、日本は大変救われた形となった。

あれがランクアップした国だと、そうも行かない。守り、しっかり奪い、しっかり繋げてゴールを脅かす。

そんな時に日本が攻めることは攻めた。ポゼッション率は高かった。と言っても勝てはしない。このような試合ではその経緯よりも結果。

日本代表は育成年代ではない。お客さんからしっかりと入場料を取ってるプロだ。

キリンチャレンジの4-0の勝利。お客さんは入ったらしいけど、真剣勝負とはほど遠い。

イランもイラクもタイトルが掛かった試合で日本にあんな大差で敗戦することはない。

キリンチャレンジで来日したことのあるパラグアイもウルグアイも南米選手権になったら全然違うチームになる。

個々の選手は、海外で真剣勝負をし始めたとは思うけれど、日本代表というチームとしては中々そのような機会に恵まれることはない。

アジア選手権で優勝して、コンフェデ杯に出場すること、ジャパンマネーをもっと使ってもう一度コッパ・アメリカに参加させて貰うこと。

まさか、ヨーロッパ選手権には参加させて貰えないだろうから。

コッパ・アメリカは日本にとって現実的な大会だと思う。参加実績があるのだから。

南米選手権に毎回参加させて貰ってボコボコにされる。

ボコボコにされながら、勝負強さを身に付けて行く。

アジアはまだ世界基準から比較しても弱い。日本がアジアで頭1つでるようになるには、韓国や中国と同じような規模の大会に出ているだけでは無理だ。

中から攻撃せずにもっとサイド攻撃をすれば良かったとか、中央で突破力を図れる選手が既にベンチに退きとか色々選手の強化や監督の采配とかも議論になるけれど、もっと違う視野からも強化を図らないと日本は本当の意味で強い国にはなれない。

それには、やはり育成年代から問題を解決しないとダメだろう。

個々では中々世界に対抗できないから日本らしくポゼッションサッカーを日本の形とするのは日本らしい考え方だと思うけれど、これじゃパッサーしか育たない。

お膳立て気質の国民性だから黙っててもパッサーは育つ。

しかし、ゴールを奪うことに貪欲なゴールゲッターは育ちにくい。

話しは戻るけれど日本代表はコッパ・アメリカに参加させて貰うべきだと思う。

他のスケジュールを捨ててでも参加するべきだと思う。

ボリビアの酸素の薄い完全アウエーでやるのも1つ、また、ブラジルと戦うのも1つ、野球の国ベネズエラと戦うのも良し(コッパでは大変身する)
W杯で見せた本物のコロンビアもいい。

とにかくどの国と戦っても日本が勝てる国はそうそうない。

キリンチャレンジカップなら別だが。

キリンチャレンジカップを総当たりの真剣勝負の大会にして、ベストメンバーが来日しなければ罰金、旅行気分で来日した国にも罰金。

なにかもっと真剣にガチンコで戦える大会に参加できるように工夫しないと、日本はずっとあのまま。

ロシアW杯は下手な話、出場できなくなってしまうくらいの危機感があっていい。

将来の日本を考えれば決してネガティブではない。だいたい、アジアの参加国ががブラジ
ルW杯で情けない成績を出してもまだ4.5の出場枠とは驚いた。

3枠あればいい。その分、ヨーロッパや南米が増えるべきだと思うね。

それぐらいアジアはまだ弱い。




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2015年01月24日

サッカー討論番組がないジャポン

アジア杯、優勝どころか決勝T一回戦で敗退。練習があったので生で試合が観れないのは自分の都合だからいいのだけど、いつも思うのだけれど、自分の国が戦った試合なのに勝てば少しスポーツ番組も長く取り上げるが、負けるとまず、得点シーンと数名のインタビューで終わってしまうよね?

こんな様子をいつも視ていても日本はまだ世界のトップクラスにはほど遠いし、勝ってはいけない国だと強く思っている。

別にスポーツ番組で長く取り上げる必要はないけれど、勝とうが負けようが、もっと今後を日本のためにも真剣に日本代表のことを語る討論番組が必要だと思う。

ブラジルでは代表の試合は勿論、国内リーグ、海外リーグについて毎週、プロクラブの監督、選手、サッカー関係者がゲストに呼ばれ、試合についてなど徹底討論している番組がある。

それはとても熱い。司会者が平気でゲストに突っ込んだ話をする。それに負けじと応戦する。

だから生で試合が観れなかったとしても、夜中に再放送もするし、この討論を聞いているとどんな試合の状況であったのか?の様子がはっきりと浮かび上がる。

働かない選手を徹底的にこきおろすこともある。

今、話題のアギーレ疑惑なんかも徹底討論の対象になるし、アギーレを招聘した関係者に対しても容赦なく厳しい意見も飛ぶ。多分、日本でも流行ると思うがね。

何故このような番組が必要かというと、代表やプロクラブの関係者だけでなく、それを周囲でサポートしている人達のサッカーに対する意識、知識、考え方も変わると思うのだ。

ただ、観て応援するだけではなくて、サッカーに対する見方、考え方がもっとシビアになるはず。

そのような厳しい支えがないと、日本は強くならない。

また、アジア全体のレベルももっと上がらないと日本は絶対強くならない。正直、8強の国は常連さん。
いつも同じだ。ここに東南アジアの国が少しずつ奮起するようにならなければ、アジアのレベルは上がらないと思う。

日本が南米大陸に近ければ強いだろうね。

ただ、日本のアドバンテージは金があること。金を使って強豪と試合を積めること。
しかし、これも限界がある。だからアジア自体が強くならないとダメなんだ。

日本のサッカー番組、選手を奉る番組はちゃらちゃらとあるけれど、叩く番組がない。

選手も監督も叩かれて強くなる。緊張感もある。その緊張を越えてまた強くなる。

前々回ぐらいまでのW杯敗戦後、成田で待ち構えていたファンに卵か何かを投げつけられた選手がいた時代があったけれど、今回のW杯はどうだった?

至上最強と言われてあの結果。成田でサポーターが暴れたなんていう報道は聞かれなかった。

何か、W杯後、今回のアジア杯もなあなあになってないかな?

どうやって世界で戦える育成年代の選手がこの国で育つのか?子供達は夢は見ている。

しかし、上に行くにつれて戦士でなくなる。

TVの影響力は絶大だと思う。選手や監督だけがレベルアップしても世界では勝てないのではないかな?

今、自分達の国が先進国と比較してどうなのか?育成年代の育てられ方、教育はどうなっているのか?

ハード面の確立なんかよりもっとやることがあるのではないかな?って常々思う。

そんな中で影響力のある、周囲のサッカーサポーターがもっと厳しい目線で日本代表やプロリーグなどを中心に見つめられるような番組が本当に欲しいな。

子供達も「Jリーグよりも世界を目指したい」という言葉をよく耳にするけれど「なぜ?」をもっと具体的にしてあげる必要があるね。いまのままならJリーガーにもなれないと思うよ。そんなにJリーグも甘くないから。

世界の得点シーンを見せる番組は番組で良いけれど、もっと真剣に日本のサッカーについて討論する番組がみたい。

W杯に続き、アジア杯までも敗戦に終わった最強?日本代表を奉るのはもう止めた方がいい。

既に問題はもっと根本にあると思うから。今、誰が代表の監督をやっても同じだと自分は思う。

アギーレ続投なんていう話もあるけれど、続投でいいと思うよ。解雇して新しい監督来ても根本は変わらないと思うから。

もっと違うところに問題が山積みだと思っているのは自分だけだろうか?
posted by COJB at 01:31| 神奈川 ☀| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする