2017年07月11日

ブラジル出発まで僅か

もう少しでブラジルに出発するけれど、今年も、プロ下部組織のチームは当然、地域のチームにも差を見せつけられるのだろう。

何が違うって、言えばきりがないほど違いがある。

勝負への執着心。それは、球際の強さに出ている。
気の強さ。負けず嫌い。これはCOJBのメンバーに足りない大切な部分。
どちらかというとサッカーのブレー上で見せる顔はおっとりしているように思う。

ビッチ外ではおっとりでも、優しくても、穏やかでもいいのだけれど
ビッチ内では違って欲しい

まず、これ、毎年行くたびに感じる。


後は、試合で見せる基礎技術の違い。

自分がいつもプレーし易いような状況を作っている。

いつもゴールに向かったプレーをしている。

チャンスがどこであるかを知っている。

ただでボールを簡単に奪われない、相手に簡単にプレーさせない。

日本の下のカテゴリーを見て回っていると、あまり相手にボディーコンタクトをして相手がプレー
を難しくさせるようなことはしない。

相手が嫌がることをしないといった方が解りやすいかな。

当たると汚いプレーだから止めろ!!という風習があるからどうしてもプレーが大人しく
なってしまうのだろうね。

いつもブラジルで感じることだけれど、対戦する相手にうちのメンバーがピッチに入いり
いざキックオフすると、蛇に睨まれた蛙になってしまう。

失うものはなにもない。

がむしゃらにやって欲しい。何か残さないと。個々に。

話は変わるけれど、先日3,4年生の試合を拝見しに行ったけれど、やはり試合における
止める、蹴るは大切だと改めて感じた。

動き方が多少ぎこちなくても味方のボール、相手の蹴りミスしたボールをしっかり
止めてマイボールにできるだけ違いが見える。

基礎を怠らずにやれば、サッカー人生は長く続く。

地道なことをこつこつやらず、派手なプレーばかりするような選手は長続きしない。

でもやはりどのスポーツでもそうだと思うけれど、子供は基礎練習を嫌がるんだよね。

確かに地味で面白くないと思っちゃうからね。

コーチの工夫が必要かもね。

難しいボール、周囲が止められないボールを自分だけ止められるようになったら

面白くなるはずだ。

だから小学生にはあまり向かい合って投げさせて蹴る練習はさせない。

ひたすらコーチの速いパス、浮いたボールをしっかりコントロールする練習の繰り返し。

特にバウンドボールの処理が苦手。

前に出るのか後ろへ一歩下がって止めるのか?

あらゆる種類のボールをしっかりと正確に処理するトレーニング。

なかなか、習得するの難しいけれど、やらなければ試合ではずっとコントロールできない。

相手も同じだから50%同士。6:4の割合にできるようにする。

身体にしみ込ませないと。


posted by COJB at 00:58| 神奈川 ☀| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月03日

COJBはある意味クレイジークラブか?

これからの日本を背負って立つ若者の将来を考えれば、指導者は次々に若い人達に課題を与えづけなくてはならない立場だと思う。
そうそう甘っちょろいことを指導して、サッカーの技術や少々の礼儀を伝えるだけでは物足りなすぎるといつも思っている。

まず、人の意見にいつも左右されないブレない軸を作って貰いたい。

「こうする」と決めたなら、徹底的にそれに向かい没頭して貰いたい。

『体幹、体幹』といういうけれど、単に身体を鍛える体幹だけでなく、心の中身の体幹を鍛えることも
大切だと思う。

皆、COJBに入って、中学生までは将来の目標を聞くと「プロ選手」とコメントする。

「お前達、一体何を目指してうちにサッカーしに来ている?」と意識の低さを指摘した時に確認すると
やはり「プロ選手になる」と答える。

高校でもサッカーを続け、3年になった時に、OBに同じことを問いかげると大半は中学時代に言っていた
「プロになる」という目標はなくなっている。

どこかで現実を知り、自分の相応しい道をみつけるきっかれけを作ることは大切だし、人生にも切り替えという
言葉もあるから、その道を諦めた者がダメということではなく、とにかく中学生、高校生時代は
目標に没頭し、その間、学生としてやるべきことをしっかりとやる、決して中途半端にしないこと、このことが、

第二の人生に役立つ。心の体幹、ブレない心を養えことに繋がる。

そう考えると心の体幹がしっかりと養えていないと年々感じる。

それが、チーム成績にも影響をもたらしているようにも思うね。

「試験勉強で練習休みます」

それは学生の本分、許可はしている。

テスト休み中、ずっと勉強しているのか?1週間なにもしないで、勉強オンリーで過ごしているのか?

気晴らしにゲームも一切していないのか?友達と少し遊びに行っていないか?TV観てないか?
友達とのラインに時間を費やしていないか?

その時間を少しでも身体を鍛える時間に使うこと、これが少なくとも目指している人間のすることだよ。

そのような努力をしないで、何が獲れるかということ。

なんでも手に入れられれば目標を達成するのに誰も苦労しないよ。

オリンピックで皆、金メダル獲れちゃうよ。

どこまで犠牲心を払ってそれに懸けているか?

友達と遊びに行きたいなど色々誘惑はある。しかし、まずは自分が目指すもの、やるべきことの優先順位があり、それをせずに誘惑に負けているレベルでは到底叶わぬ夢だ。
アスリートは皆、我慢もしている。目標に向けてあらゆる面でそれに注ぎこんでいる。
優先順位はいつも揺るがない。

サッカーに来ればあまりにもコンディションが悪い。

クラブでは「お前はなにをしていたのだ?サッカーへの取り組み方が中途半端じゃないか!!」と言われ、

家庭では、「あんたテスト勉強してんの?サッカー休んでいるくせに」と言われる。

クラブでも、家庭でも隙だらけの行動をしているから突っ込まれる。

それが中学生と言ってしまえばそれまで。

メンバーに指摘すれば済むこともあるが、あまり家庭でだらしがないと、「サッカー辞めさせる」となる。

これはクラブにとっては大変迷惑なお話なのだ。

クラブも一人一人の指導に真剣。それを相談なしに「辞めることを決めた」とされてしまうと、

我々の気持ちを無視された気になってしまう。

勉強の成績が悪いから辞めさせるというのは、クラブの責任ではない。あくまで、本人が頑張っていないから
成績が悪いだけ。

かつてのOBには、夜は疲れて勉強できないから、朝5時に起きて勉強して学校へ行く者、学校の休み時間を使い
勉強する者、色々と耳にした。だから、親から「辞めさせる」という話はあまりなかった。

「辞めさせる」といわれたくないなら、努力すること。

辞めて終わりにはならない。仲間がいる、チームとして活動しているということを忘れてはならない。

こんな感じになると、ブレているなと思ってしまう。

このようなブレは今後の人生にも少なからず出てくる。だからこそ、中学生時代に心の体幹を養うべきだ。

別の話になるけれど

先日、ある大学の教授、幹部をやっている方と食事をする機会があった。その大学は聞けば誰でも知っている有名な大学。

こうして教育関係の方々と会話をするのも大変参考になるので、時折、話をさせて貰っているのだけれど、

やはりな、と思いながらも改めて驚きの数々。


「ある親が教授に話がしたいと」電話を代わると、

「息子が中々朝起きないので私からもいいますが、先生からも言ってください」と。

中学生でも???なのに大学生になってもこんなか?と話を聞いて、うちのメンバーが直ぐに頭に浮かんだね。

大丈夫かな?って。まだ中学生だから、改善しようが大いにあるから。

ここまで来ると、子供より、親の教育をする場所が先なのでは?という話題になってしまった。。


そんなことで、わざわざ親が教授に電話してくるかね?(苦笑)


大学生になるまで、ずっと親が起こしてきた、何でも「子供のため」と勘違いをし、だらしなくしてきたという代償でしょ?

大学生になってまで、何かと大学のイベントに子供と一緒について行く親がいるそうだ。

その発展版の話も教授から聞いた。

「娘が某国に1年留学いきたいのですが、私(母)も娘と一緒に同じ学校で授業を受けることは可能ですか?」

「えっ?お母さんがですか?それは無理だと思います。それよりお母さんも一緒にその娘さんについていかれる
のですか?」

母親「はい」と(苦笑)


教授は母にそこまで言わなかったらしいけれど、「それじゃ留学にならないでしょ」と。

もう一つの例

「教授、〇〇生徒さんの父が教授とお話がしたいそうです」

教授「えっ今?」受付「もうこちらに見えています」

教授「えーっ、アポなし?」

仕方がないので部屋に通すと、みるからに偉そうな父親。

こっちから出向いてやっているぐらいの態度。

教授「どのようなご用件で?」

父「息子がこの大学を退学したがっている、だから退学ではなく、休学扱いにできないかという相談」


本人がまだ、何も教授に相談に来ていないのに親が先回りして、しかもアポなしで、学校にくる
こと自体、普通ではない、しかもこちらから出向いてやっているという横柄な態度。

ちまたではこんなケースは結構多いのだろうねと思った。

この大学に入学したのだから一生懸命受験勉強はしたのだろうし、親もしっかりと働いて行かせているものと思うけれどどうなの?って思っちゃうね。

そう考えると、今、お騒がせの政治家さん達も確かに良いところのお家柄や有名大学卒など輝かしい経歴を
もっているのだと思うけれど、あまりにも小さな頃から周囲からチヤホヤされてきたから、
人間としての勉強をしてきていないのではないかね?ってどうしても思えてしまうよ。

そのような人達が国のリーダーとなって動かしていると思うと、日本もどうなのかね?って思える。

だから、若いうちに苦労は買ってでもしろという言葉があるように、なにも知識だけ詰め込めばいいという話ではない。

人の心が解る人間。理解しようと努力する人、そんな教育が必要なのではと思ってしまう。

だから、自分のことばかり言っているのではなく、仲間のこと、チームのことも考えろと

常日頃から言い続ける。

どこかで、だれがか、若者を教育していく上で、見て見ぬふりをしたり、ただ、褒めて育てるということを
綺麗ごととして、捉え、苦言を呈しない周囲がいて、そんな環境でずっと育ってきてしまうから、

いい歳になって恥をかいてしまうのではないかな?若いうちなら恥をかくことも大切だと思うが、

それが恥であるということを教えてあげる人が必要だとも思う。

政治家さんの背景、生い立ち、中には素晴らしい人も沢山いると思う、しかし、「あれっ」って思ってしまう人も沢山いる、今、お騒がせしている人達はごく一部だと思うよ。

「やばいやばい」と思っている人もいるはずだ。

中学生の教育ってやはりベースなのではないか?と思う。

色々世間や身近で聞く話は、少なくとも学校だけでなく、地域のコミュニティーが連携して若者を育てるという

ことが今後大切だと常々思う。
posted by COJB at 14:28| 神奈川 ☁| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月12日

ブラジル遠征2016年を振り返る

遠征で試合する度にいつも感じることを連載形式で掲載します。


遠征1試合目 対 サンベルナルドU16(プロ下部)

40分×2本

0-8(前半0-2/17分、32分,後半0-6/1,9,22,26,28,33分)

リュウキ:ゴリ、トラ、ブラジル人(以下B)、B、カズー、ケイタ、カイト、タクト、横坂、内田

後半リュウキ→トラ(GK)、B→ジュンタ(COJB留学生)、ゴリ(股関節痛)→B
控え/トッチ(怪我)、チャンジ(体調不良)

ピッチはプロリーグでも使用するグランド。観客席もある。

控え通路からグランドに入ると、相手は既にアップを始めていた。よく見ると大分体がデカい。控えのメンバーに「歳はいくつだ?」と聞くと「17才だよ」と。

ユースと組んだのだな。まぁ良い経験で強化には丁度良い。次いでなので、40分ハーフしてと頼んだ。

スコアのように前半は再三ピンチを迎えるも、リュウキの好セーブで、2失点に抑えた。ユースなだけに流石にスピードがあるし、おまけに技術もしっかりしている。

だた、最後のフィニッシュの悪さには助けられた。スペースを与えたら自由にドリブルで侵入されてしまうので、2対1の状況を作り相手のボールを奪うことは前半できていた。

しかし、やはりミスが多い。しかし、このミスも今回ブラジルに戻ってきて改めて解ることが多々あるなかで、やはり日本人プレーヤーはサッカーにおける
コミュニケーション不足は結構深刻な問題だなと思った。サイレントサッカー。黙ってサッカーをする。

少年サッカーでも指導者から「声を出せ!!」と言われると「へいへい」と機械的に声を出す。しかし、そういうものではない。

どうしたいのか?何をして欲しかったのか?ボールを所持している味方に情報を伝達してあげる、例えば後ろから相手がボールを奪いに来ているなら、情報を伝えてあげたり、

逆サイドがフリーならそれを伝えてあげたり「声を出せ」というのもいろいろな状況、種類がある。この点は毎年こっちへ来るとブラジル人の伝達能力、軽率な味方のプレー
に対しての叱咤など、物凄い色々なシーンでの情報の伝え方があると振り返らせられるし、確認ができる。

この面ではCOJBのメンバーは全く出来ていない。味方のミスに対する文句は言っているが、情報伝達にレベルでは決してない。

カイトはサイドでプレーすることが多い、サイドはスペースに抜け出すタイミングが物凄く大切になる。黙っていてもボールが自分のところに飛んでくるとは限らない。

中盤の選手がサイドの声に反応して、スペースに出すことも多々ある。そんな時に黙っていたら折角チャンスなのにボールが出てこない。

その分、チャンスを失う。サイドの選手が自陣でだけプレーしても何も相手に脅威を与えない。相手サイドのゴールラインまで切り裂いて行って初めて脅威となる。

ここだという瞬間にボールを呼べないということは、一つの大きなチャンスを失うことになり、一選手としてのアピールをする瞬間も一つ失っていることにもなる。

サッカーにおいて、試合で動いている最中にコミュニケーションができない選手というものは非常に損をしてしまう。パフォーマンスを半減してしまうものだ。

自分がどうプレーしたいのか?ブラジル人は表現力、コミュニケーション能力が高い。

日本人は何かを持ち帰って身に着けて欲しいと思う。

日本国内で、県リーグに参加したりして、同じ日本人同士でプレーしていると同じようなレベル、
同じようなプレースタイルなため、上で通用する選手になっていくために何をするべきなのか?が中々
気付かないと思うが、折角、世界を肌で感じることができるのだからまず、発見するための
アンテナが欲しいね。

posted by COJB at 00:44| 神奈川 ☁| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月06日

サッカー留学、『自由』の落とし穴。

日本で高校に通えば、大半は親元にいる。いわば親の監視下にまだあるということ。
地方の高校へ進学すれば、全寮ということもあり、高校で鍛えられながら私生活も一緒に学ぶ。
これも先生、指導者の監視下のもとだ。いわば親代わり的役割。

極端に束縛され、監視された状況下でなくても、自由にはなり切れないという環境だと思う。

一方、海外留学はどうだろう。少なくとも、サッカー留学は自由だと思う。

日々の生活を厳しく監視する人がいないから。

極端な話をするならば、高校には通うものの、言葉が理解できないから、出席はしても、退屈だろう。

言葉を覚えるというストイックで自分に厳しくできる者ならどの環境下でも何かを探して
成長の種を探して努力するのだろうが、自分から率先して何かを見つけ、行動を起こすというような性格でない者は、親や先生、指導者などの監視下にない場合、それは最大の自由になり、緩みになる可能性が高い。

『自由』を手に入れるということは良くも悪くもなるということ。

自分にとって都合の良いことは、あまり良い自由とは言えない。例えば、横着をする。楽をするということ。

それらをしていても誰からも咎められない。自分で気づいていくしかない。

傍に厳しくしてくれる人がいれば、それは幸いなこと。しかし、そうではない環境下であれば、日頃、自分のしている振舞いが、正しいのか否かの判断さえできない。自分にとって普通に見えても、周囲から見れば大分ズレていることもある。自分の中では常識であっても人から見れば非常識な時があるということだ。

また、仮に「正しくない」と否定された時に、それを素直に受け入れる性格であるか?も問題になる。
何故、正しくないのかを紐解いて説明しないと中々理解できない場合もある。
しかし、世の中、そんな奇特な人が自分の周囲に沢山いるかだ。いたら、それは大感謝だと思う。
ラッキーなことなのだ。

大半の親は、息子を海外に行かせて、帰国した時に、サッカーや語学の取得は
勿論ではあるが、人間的な成長に期待していると思う。

ただ、人間的な成長であれば、国内でも十分に成長は可能だ。

だから、海外ともなると、どうしてもそれ以上のプラスアルファを要求してしまう。

中学卒のメンバーと高校卒のメンバーと比較すると
中学卒の面子は精神的な幼さをどうしても感じてしまうのは仕方ないかもことなのしれない。

高卒で行く若者は、日本(ブラジルは18歳で成人)でいう成人になるのは間近だ。

人生の決断をしなくてはならないという危機感は多少なりともある。時間にあまり余裕もないから、近い将来のことも見据えて日頃から行動をしていかなくてはならない。

また、高校卒で行くと、少なくとも、高校の3年間で大人として成長する勉強もしてくる。

「日本で高校に通わなかったのは、海外で夢を挑戦したいから」という中学卒の若者の大半のコメント。
いわば、目標を掲げていると思う。

しかし、夢は立派だが、実際の行動が伴わなければ、まずその夢に近づくはずはない。

伴っていない若者を見ると、どうしても苦言を呈したくなる。

時間は刻一刻と過ぎていく。失った時間は戻らない。人は毎日成長できると思う。

しかし、何も考えず、言葉悪いが、ただ、ボール蹴りだけしていたら。そのボール蹴りも中身のあるものにはならない。

中学を出てから直ぐに海外に発つ若者には、くれぐれもそう伝えたい。

親が傍にいないからと、いつまでも起きて動画をみていたり、朝しっかり起きず、遅刻寸前まで寝て居て慌てて練習に行ったりと、だらしのない生活は悪習慣になる。

そのような姿勢で、目標に近づこうとしてもそれはどうだろう?

周囲からも信用されない。

中学卒で海外に挑戦するのは良いこと。しかし、より心して挑戦することだし、親も覚悟を決めなくてはならないと思う。

親元を離れ、他人の飯を食べるということの意味は成長させていくということ。

決して。他人に甘えに行くということではない。
posted by COJB at 12:20| 神奈川 ☁| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月05日

【この年代で最も重要なのは心のフンダメント(=基礎)を養うこと】

大切な忘れ物をしてしまうこと、今だからまだ許される年代が、大人になると
中々修正し辛いことも多々あると思います。

COJBは創業からお陰様で22年目になります。

その中に若い人達を鍛え、やがて外に出して、少しでも社会の役に立てるような中身、ハートを養っていって
貰いたいという強い想いがあり、それを貫いて来ました。

なので、子供の成長の芽を摘みそうな親御さん達には、直接話をしたり、聞いたりしてきました。

時には、保護者とぶつかることもあります。

それはそうです。当然のことながら、親御さんは子供の将来を考えている。真剣です。

私達、指導者もメンバーの将来を見据えて指導させて頂いている。同じく真剣です。
それが一致する時は良いですが、

全ての人が一致する訳ではありません。

所属する前に、うちの方針を伝えて納得して貰ってはいるものの、続けている内に当然ズレてくる時もあるでしょう。

その時には、そのズレを少しでも修正するために真剣に話し合いもいています。

正直、私達が若者に対してサッカーを巧くさせても、それが直接、社会で役に立つとは思っていません。

しかし、サッカーというスポーツをやる中で、人間性を磨くこと。
それを若い人達に社会に持って行って貰いたい。社会で通用する大人になって貰いたい。
それが私達の場合はたまたまサッカーであること。

技術のフンダメントは大切だけれど、人生を生き抜いて行くためのフンダメントはもっと大切
だと思っています。

基礎(=土台)の無いうえに、立派な家を建ててもそれはいずれ崩壊してしまいます。

なので、中学の3年間で心のフンダメントを学ぶ。

では一体、心のフンダメントってなんだろう?

仮にサッカー選手になれたとしても寿命は短い。その先の人生の方が長い。

人は、一人では生きて行けないと思っています。必ず、人の支えがあって成立するものだと思います。

サッカーにも仲間がいます、仲間がいるということは自分一人ではないということです。

しかし、とかく子供に限らず大人でも、自分のことしか考えられない時も出てきます。

しかし、まず、自分のことよりもチーム、仲間と活動しているという心を忘れてはならないと思います。

一人が勝手な行動をしたことにより、チーム、仲間が迷惑してしまうこともあります。

そのことを考えられる人間になって欲しいと願います。

サッカーは思いやりのスポーツです。言い換えれば配慮も必要なスポーツ。

仲間に対して、乱暴なパスを出すだけではパスワークは成立しません。受けやすく、奪われにくいパス、丁寧に出すという気持ち、配慮が大切です。

昨日の練習で思いやりを日頃の生活から例えました。

トイレに入ってスリッパを揃ろえて出たら、次の人が履きやすいはず、
しっかり揃えて出て来る人、適当に脱ぎ散らしてトイレを出る人との違い。

このような細かい配慮のできる人は、違う場所でも配慮をしている可能性が高い。

このようなサッカーとは離れた私生活でも改善できることは沢山あるはずです。

いくら私達指導者がグランドでサッカーの技術を熱く指導したとしても、メンバー個々が私生活の中での意識も改善する姿勢がなくては成果にはならないと思います。

仲間を思う気持ち。若者達にはそのような能力は十分備わっているはずですが、単に気付いてないだけだと思います。

そのことを指導者、周囲の大人、仲間が黙って見過ごすのか、その人のためを思ったら嫌われてもいいから
言い続けるのか?
若者達はその環境に身を置くか置かないかでも大分、変わるのではないかと思っています。

COJBの場合、そのあたりを見逃せないから、ぶつかるのだと思います。

これは、心の部分、根っこの部分なのです。正に土台。

いつも話をしていますが、厳しい練習をやっているからには、1つ1つの勝負事には絶対に勝ちたい。
チーム成績は当然取りたい。だから、日々勝っても満足せず、負けたら反省し続けている。

ただ、仮にチーム成績を挙げてチャンピオンになっても、役に立つのかな?と思える時は、強豪私立高校から推薦を貰えること、入学し易くなることぐらいかな。公立希望の面子にはあまり関係ないのではとも思う。

しかし、人間性、心の中身は一生ついて回るし、少しは社会に役に立つのではないか?と思っています。

中学生にも人生において色々なテーマが出て来ると思います。

小学生とは違い、勉強時間も増えるし、小学生の仲間から、また違う仲間になり、難しいくなることもある。

小学生時代とは違い、やることが多くなってくることは間違いない。

なので、中学生は自分の弱さを露骨に出してくる年代です。何故なら、追い込まれることもあるからです。

それを大人は見落として、甘やかしてはいけないと思います。

自分のことしか考えない人は、社会でも敬遠されがちです。これは幼少から今日まで、誰からも指摘されなかったからだと思います。

誰かが、当事者から嫌われるのを避けてきた代償だと思います。

COJBはそれができないので、敢えて嫌われ者になっても、その若者が将来、逞しく、サッカーを通じて思いやりのある大人になってくれれば、また、親になった時にそのことを伝えてくれると思っていからです。

COJBの指導は、所属している時は良いか悪いのか判断できないと思います。

チームは勝ったり、負けたりの繰り返しですから。

しかし、心が育てば、いいままでとは違うものになるでしよう。

技術を教えるのはさほど大変なことではありません。しかし、一人一人違う性格の中で、心を養うのは
容易ではありません。

サッカーを通じて心を養って卒団して欲しい。それがなによりも大切なことだと思っています

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posted by COJB at 15:30| 神奈川 ☀| ジュニアユース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする